ドラクエの勇者のように、車の列の先頭になりたくない。ずらずらと後続車を引き連れて車を運転するようなことをしたくない。後続車を運転している見知らぬ誰かに「遅いな〜早く行けよ〜」と思われたくない。そして、何より、車の運転が下手だと思われたくない。
大船渡から盛岡までの山道を運転しながら、わたしはいつもそればかりを考えている。安全に目的地まで着くことももちろん大事だけれど、どんな曲がりくねった山道でもある程度のスピードを出して、そしてそのスピードを落とさずに一定の速度で走ることによって後続車の迷惑にならないことを重要視してしまう。こういうことを考えてしまうのは、おそらくわたしが山道爆走一家の一員として育ったからだと思う。
小学生の頃、月一回の頻度で盛岡に行かなければならない用事があった。それはわたしにとって、できることならば行きたくはない外出だった。日曜日の朝5時に叩き起され、大船渡から盛岡まで車に揺られ、昼すぎくらいに盛岡を出発し、帰宅するのは夕方近く。貴重な休日がなくなってしまうし、日曜日の朝にやっている特撮やアニメは見られなくなってしまうし、とにかく行きたくなかった。そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、いつも車を運転する祖父は山道をおよそ時速100kmで爆走していた。遅い車が前にいれば山道でも関係なく追い抜かしてしまう。高速道路もまだなかったのに、大船渡から盛岡までの距離を1時間半くらいで走破してしまう。わたしの祖父は山道爆走じいちゃんだった。祖父までとはいかないが、祖母も母も割と平気で爆走する人たちだった。
家族みんな車を運転していると、あれがダメ、これがダメ、下手くそだなや〜、と口々に言う。曲がる直前にウィンカーを出す車は下手くそ。ウィンカーを出す前にブレーキを踏む車は下手くそ。山道でスピードが出せないと下手くそ。そんなことをずっと聞いていたので、絶対にそんな下手くそな運転はするまいと子どもながらに思っていた。実際に今もそう思っているし、自分で車を運転していて、あの頃の家族のように下手くそだなあと口をついて出ることがある。
あんな爆走をしていた祖父母が免許を返納しなければならない歳になったのかと思うと同時に、わたしも人様の運転に下手くそだなあとケチをつけるような歳になってしまったのだなあと時間の流れにびっくりする。一応免許を取ってからずっとゴールドなので安全運転に努めたいとは思っている。免許更新の講習時間が短くて済むし。ドラクエの勇者のようになりたくない、と思いながらこれからも大船渡と盛岡を行き来するんだろうな。