ひゅう
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クローゼットから、非常に古い枕が発掘された。

自分が子供の頃に、親が使っていたものを買い替えるタイミングでお下がりで回ってきて使いはじめたものだったかと思う。ボリューミーな枕で、でもちょっといい枕だから使ったらいいよみたいなことを言われた気がする。ふうんと思ったぐらいでとくにこだわりもなかったため、その大きめの枕を長いこと使っていた。高さというか厚みもあるが頭を乗せていれば次第に凹むので、使えるってことでまあいいか……という感じだった。

自分が実家を出てからも、使えるならとそのまま何も考えずに使っていた。でもあるとき、今更ながら自分にはもう少し低めのものが合っているのでは?首のしんどさとかは何故か無いけど、こういうのは関節や軟骨に負担が積もり積もって急に爆発するってやつだろうし、もうちょっと自分にサイズ合わせた枕を使っておいてもよいのでは?と急に考えを改めた。

それが何年前だったか、とにかく自分でも買い替えてからその枕は仕舞い込まれたまま今に至る。使用開始からの期間で言えば軽く数十年ものだと思われる。ちょっと良いやつだから洗えないよと当時親に言われた気がして(私は全ての記憶がおぼろげである)干すだけにとどめて洗ったことはなかったため、枕カバーを通り抜けた涎の跡がつきまくっており見た目はかなり小汚い。子どもだったからと言いたいが大人になってからも睡眠時は涎を垂らしているのだろうと素直に思う。しかしそのわりには臭いとかもなくて、何故なのかよくわからない。

どういう商品なのか詳細を探せないかと、縫い付けられたタグからかろうじて読める情報で検索してみても、どうやらその会社はかなり前に倒産したらしく各商品の詳細なんてまるで出てこない。あわよくば当該商品に推奨されるケアの仕方とかが分かれば涎の跡などどうにかできるかと期待したが、そんなことはとても望めないようだった。

私は壊れてもいない使えるものを捨てるのが少し苦手で、だからこの枕もここ数年捨てられずにクローゼットにただ仕舞い込まれていたわけだが、そんな自分でもさすがに数十年使われたならもう捨てるタイミングってことにしてもよかろうという気持ちになってきた。既に数年使っていないわけだしここまできたらこれ以降使うことはないっしょ!そうか、なんなら中綿を出してぬいの中身にでもしてしまいましょうかね!と気持ちが切り替わってくる。大きい枕だから中身もしっかりいっぱいだし、ぬいの作りがいもあろうというものだ!未練を断ち切るためにも(?)大胆に裁ち鋏で枕の端を切り開いてみた。

枕の中には、綿じゃなくて大量の羽根がみっしり詰まっていた。

ヒェ………と声が出てしまった。

全く理由もなくうっすらと綿だと思い込んでいたせいで、我ながら情けないほどビビってしまった。いわゆるダウン(白いほわほわの羽毛)ではなくフェザー(一枚一枚に軸がついているしっかりめの羽根)のほうがメインで、茶褐色っぽいものが大量に詰まっているようだった。枕用だから大きくはないけどいかにも羽根っぽい羽根たち。これほどの量のフェザーをこうして目の当たりにすると、枕ひとつにも一体どれだけの鳥を消費しているのかという事実を突きつけられて反射的に落ち込んでしまう。自分自身もやってる側の「人間」であるのに、ダウンの上着だって持っているのに、ショックを受けるなんて実に傲慢なことだ。今これからやれることをやらねば。

枕は確かにしっかりした作りだったしフェザー枕ならそれも納得だ。軸がかなりちくちくするから外側をかなりきちんとガードしておかねばならない。ちょっと良い枕だって話だったけど、金額的には「ちょっと」よりかはもう少し上の「良い」やつだったのかも。もしや、私は今かなりもったいないことをしている?いや涎まみれの見た目じゃちょっとどうにもなるまい、そうは言ってもざっくりハサミで切ってしまってこれ……どうしよ……?!

まてよ、羽毛ってリサイクル回収してるの見たことあったな、ふと思い至り調べてみた。ダウンの回収をしている!ダウンは希少だからリサイクルで全体の消費量を減らしていこうという方向、完全に同意できます。近所に回収場所は……ちょっと距離があるけど行けないこともない。おお、これはなんとかなりそう!

ところが、情報をよく見ると回収したいものはあくまで希少な「ダウン」であり、「フェザー」ではないらしい。中身のうち、ダウンが全体の半分以上を占めていないと回収はできないとある。この枕の中身は素人目に見てもフェザーがもりもりで、絶対に該当していない確信がある。そうは言ってもフェザーだってこの枕のような使用商品があるわけだし、どこかで回収しててもおかしくないのでは?とさらに探してみたが見つからない。どうやらこちらは需要と供給のバランスがある程度取れているのか供給過多なのか、とにかく不要になったら捨てるしかないようである。重ねての衝撃。

どうせならと自分で何かに使うにしても、ぬいぐるみにフェザーを詰める技術はない。この枕のようにかなりしっかりとガワを作る必要があるのは想像に難くないからだ。クッションにするならまだ簡単かもしれないが、それならどう考えても枕を切らずにそれをそのままクッションとして使うのが一番良かった。だがそもそも残念なことに自宅でクッションを使う場面がない。

もう腹を括って捨てるしかないらしい。

可燃ゴミでいけるかな……と恐る恐る地域のゴミ捨て情報を確認したが、むべなるかな、枕は粗大ゴミ枠。デッカ枕だからなあ。

枕の中身を袋に出してガワはたたんでどちらも可燃ゴミにするやり方も当然考えたが、枕にぎゅむぎゅむに詰まったフェザーを袋に出したらでかいビニール1つでは収められない可能性があり、散らばったりして大いに手間取ることが予想されるのと、甘えた考えだがフェザーが詰まった半透明ビニール袋をゴミ捨て場に出すのが精神的にキツい。どうでもいいけどビジュアル的にも結構怖い気がする。えっこれ鳥の羽根じゃね?何があったの……?みたいに思われそう。私が見たらたぶん思う。でも粗大ゴミだと捨てるのに数百円かかる。枕ひとつ捨てるにもなかなか……

しばらく悩んだが、たぶんこれ悩み続けても意味ないやつだなとは薄々気付いている。切り開いてしまって枕自体はどうにも使えない状態なのだし、さっさと捨てて収納をすっきりさせる一助とすべし。粗大ゴミ回収の申し込みを済ませてしまおう。でも羽毛商品を購入したり使ったりすることについては、今後はもっときっちり考えていこうと思った。

かどのひとつがハサミで切って開けられている枕と、ビニール袋に入れられたフェザーのひとかたまり

端を切られて無惨な様子の枕と、中身のフェザーを移そうと試みたもののとても全部は無理だと早々に諦め口を縛ってしまったビニール袋