まあ仕方ねーけど病院に行ってやるか…と思えるくらいのふわふわとしたぬるま湯のような調子がしばらく続いていたのから一変して、ドカンと重たい鬱の波が来た。SNSからも足が遠いて、ひたすらベッドとお友達。手足を動かすという信号が一切働かず、文字通り何もできないまま希死念慮に殴られ続ける。水を飲むのも億劫で、そのせいか恐らく脱水症状のようになってしまい、加えて低気圧のせいもあり、この世の終わりか?と思うくらいの頭痛も襲う。くるしい。
そんな風に泥のように過ごしていたのに、わたしのおかしい脳みそは突然、「なんか、歩きたいかも!」と騒ぎ出す。頭の声に従ってだらだらとあてもなく家の周りを歩きながら、ちょっと早歩きしただけでぜひぜひ言うこの身体を恨めしく思う。なまじ運動が得意な方だと思っていたし、実際に中学生の頃は体力テストで学年2位を取るくらいだったから、余計に虚しい。ねえいい加減わかって。あの頃のわたしはもういないのよ。このゾンビのような肉体をそろそろ受け入れなさい。
歩を進めながら、先日のメンクリでの診察を思い起こす。発達障害の検査をしたいと医師に話したら、「症状が落ち着いてからですね。落ち込みが酷いと検査の数字も低く出ることが多いので。」と言われた。なるほどね〜でも落ち着くってどういう状態のこと?こんなにも最悪なのにいったいいつになったら落ち着くの?わたしには落ち着く未来が本当に来るの?鬱の空の低空飛行でたまに少し上がって一気にがくんと落ちて、また高度がほんの気持ち戻ってのループで、今後落ち着くなんてありえない気がするけど?てか落ち着く前にそのうちころっと死んでるんじゃないの?……色々なことが頭をよぎったけれど、わたしは「あ、確かにそうですよね。わかりました。」とすぐに医師に返事したと思う。こういう、無限に下向きに螺旋階段を降りるように思考が巡るとき、それを無視していつもちょっとだけ背筋を伸ばしたそれらしいきれいな言葉が口から出てくる。
今わたしの心のままの本音を話せる場所はこの世界でブルスカだけだと感じているけれど、きっとそこでの呟きでさえ「いい子ちゃん」なわたしが横槍を入れているときがある。すべてさらけ出せると思ったセーファースペースの中でも「見せたいわたし」がいて、 きらきらした「精神疾患でクィアでフェミニストのわたし」の理想像が、たぶんある。ごくたまに、現実を覆い隠して理想像の方に無意識に傾いてしまっていることが、たぶんある。それが良いことなのか悪いことなのかは自分でもよくわからなくて、そうであるということだけがうっすらとわかる。
こうなりたいという姿と素の自分がどろどろに溶け合って境界を無くして、わたしは霧のようなスライムのような粘土のようなにせものの何かになる。ほんとうのわたしなんてたぶんどこにもなくて、どこかにあって、だけどどこにもない。過ぎ去っていくものは全部嘘で、明日来る鬼だけが本当。口に出して言う。過ぎ去っていくものは全部嘘で、明日来る鬼だけが本当。ここに書いたことも、わたしの存在も、この宇宙すらも、まるきり全部嘘かもしれなくて、でも、明日来る鬼は本当。わたしのこころにいる鬼の存在のことを、わたしだけが祈っている。わたしだけは、ずっと、祈っている。