この数年、「障害」というものを考えています。このようにタイプしてみても、「障がい」や「障碍」という表記の方がよいのかな、と逡巡してしまいます。以前は何らかの合点がいく理由によって、統一的な表記にすることが正しいとも思っていました。
しかし、今は唯一の「正解」を追い求めず、思考停止に陥らずにずっと「障害」というものを考え続けることこそが大切なのだと感じています。
先ほどまで、身体障害者1級の手帳を持つ方と電話でおしゃべりをしていました。他愛のない話題が転々とするなかで、お互い本好きなこともあり、「本屋さんにおける購入する本や雑誌の選び方」についてのお話をしました。私もその方も、欲しい本が数冊あって選べる余地があれば、より美麗な本を1冊買い求めるとの結論でした。具体的には、欲しい雑誌が数冊本屋の棚にあれば、立ち読み等でいくらかくたびれている一番上のそれは避け、二番目以降のものをわざわざ抜き出して買うということです。
もちろん話しながら気づいてはいました。その本や雑誌の購入の仕方は、障害者を社会的に排除する考えとそう遠くにはないことを。障害の有無をある一定程度の範囲で知り、子を産むか否かの判断材料とする出生前診断と、本や雑誌について破れや折れや曲げがないかをじっくりと吟味するその手並みに、相互にあまり距離がないこと、そしてそのような話を当事者に対して不用意にしてしまうことは、考えてみると本当に寒気がするような感覚がありました。
これからもずっとずっと考えていこうと思います。