『審神者の勇退』

ice13g
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 えーさて、審神者という職は終身雇用でございますので多くの審神者様は最期のときを本丸で迎えるものでございますが、いわゆる早期退職と申しますか、生きて審神者を勇退される方も少なくはございません。

 審神者勇退の際は一振りだけ、自身の本丸から刀剣男士を現世へと連れ帰ることが可能なのだそうでございます。

 それを聞いて喜ぶ審神者様がほとんどだそうでございますが、はてさて、そう旨い話でもないかもしれません。

 勇退で一振り連れて行こうとするのでしたら、まずは大量の書類申請が必要でございます。まあこれは大半が勇退に際しての申請書でございます。なにぶん審神者というものは時の政府所属の兵隊でございますので記録を残す必要がございますし、機密事項も多数ございます。退役後の年金手続きもこちらに含まれてございます。

 そうして大量の書類を政府へと申請し、それが承認されましたら晴れて勇退、連れ帰る刀剣男士を連れて政府本部へと赴かなければなりません。

 政府の担当職員はもう慣れっこでございますのでここまで来れば手続きは簡単に進んでまいります。

 命じられるのは、連れ帰る男士の刀解。

 その資材を用いて小刀を鍛刀し、その小刀なら持ち帰っても良い、とまあこういうことでございます。

 多くの審神者様はそこで怒り、悲しみ、泣き叫ぶそうでございます。それはそうでしょう、現世へ連れ帰ろうというほど特別な一振りを自らの手で刀解とは、まるで介錯のようではございませんか。

 しかしまあ現世に刀剣男士として人の姿で顕現したまま連れ帰ることも、一振りの刀として持ち帰ることも、なかなか差し障りがございます。

 そうして連れ帰ることを断念なさる審神者様、命令に従い刀解なさる審神者様、割合はおおよそ半々といったところでございましょうか。まあ手ずから刀解をなさらなくても、本丸に残した男士たちと同様に、審神者様からの霊力の供給が途絶えてしまえば刀剣男士というものはその身を人の形に保つことはできず、まずは刀の姿へ、やがて玉鋼を始めとした資材へと戻ってしまうものでございますがね。

 はてさて、勇退された審神者様がその後どのような生活をするのかと申しますと、ごくごく普通の人として暮らすのが一般的でございます。退役の最後の手続きとして記憶処理が行われるからでございますね。持ち帰った小刀も、なにか記念品のようなものとしか認識できず、多くは仕舞い込まれてしまうそうでございます。