「天湘、はい、あーん」
「あーん、とは何だ?」
「口を開いて、と言う意味ですよ」
銀色の長い匙が天湘に向かって差し出されている。その上には白とも黄色とも表し難い食べ物が一掬い分、天湘を待っているかのように乗せられていた。
「あー……、ん」
言われた通りに口を開けると、匙はゆっくりと近づいて口の中にそっと収まる。ヒヤリとした温度に驚いたものの、迎え入れた味と芳香には興味が惹かれた。雪霽はそんな天湘の前で花のように笑う。
「美味しいですか?」
「ん……美味しい。冷たさと、濃く甘い香りが鼻腔に広がる──」
「バニラと言う香料で風味づけをしたアイスクリームです。わたくしが食べているフルーツパフェの、この部分」
元通り引っ込めた匙の先で、雪霽は同様に甘い塊を掬って見せた。天湘の視線は煌びやかな盛り付けのパフェ、と言う代物に興味津々で注がれる。
「ばにら、あいすくりーむ……ふるーつ、ぱふぇ……」
一つ一つの単語を覚えるためにしっかりと諳んじながら、天湘は膝の上に載せていた薄黄色のポーチの中をごそごそと手探りし始める。この海水浴場専用にと、兼ねてより空桑の若君から手渡された桃色の貝貨を探しているのだった。
「どうかしましたか?」
「……わ、私も雪と同じものを食べたい。買って来てもいいだろうか?」
「おや。ふふ、気に入ったのですね。良かった。あそこのお店ですよ。一緒に買いに行きましょう」
楽しげに笑い、自らも桃色のポーチを肩に提げて席を立った雪霽に手を握られ、天湘は卓の上のフルーツパフェと雪霽の顔とを交互に見やった。
「だが、雪はまだ食べている最中では」
「すぐ近くですから大丈夫です。それに──今日は天湘とずっと一緒だとお約束したでしょう?」
握った手はそのままに指が一本ずつ絡められ、亜麻色の髪が天湘の黄色いフレアワンピースの肩口にふわりと枝垂れ掛かる。
「……雪がそうしたいなら、構わないが……」
「わたくしがそうしたいのですよ」
「ならば一緒に行こう」
手を繋いで腕も組んだ状態で、はい、と雪霽は微笑みを返してきた。歩きにくくはないだろうか──と身を案じつつも、暗がりでは人肌の温もりを求める友の性質を誰よりも良く知る天湘は、特に気にもとめずに歩き出す。
「……ああ言うあからさまに周囲に見せ付けるような態度はどうかと思いますね」
「鍋包肉? どうかなさいましたか……?」
「いえ。何でもありませんよ、鵠羹。それよりも喉は渇きませんか? ミネラルウォーターを買ってきますから、お待ちを」
「あ、えっ、あの……でしたら、わ、私も一緒に──」
「おや、何か他に食べたいものでも?」
「いえ……その、私──普段こうして、一日中鍋包肉のお隣にいられる機会というものが滅多にないので……なるべくご一緒したくて……」
「………………成る程。参りましょう」
欲も建前も理性も情緒も──全てを波風が吹き攫っていく、常夏の空桑の砂浜であった。