春の立つのを待ち構えていたかのように、鬼を外に払ったばかりの東京に雪が降った。降り出しは天気予報よりも少し早く、雪になったよ、という声を聞いて職場のカーテンを開けると四角いガラス越しに白い塊の落下が見える。
形容としてはぼた雪が近いだろうか。雨に濡れたコンクリートの上に、文字通りぼたぼたと落ちた端から溶けていく。降雪に経験の乏しい身ながら、これでは積もらないね、と上司と頷き合ってカーテンを引いてデスクに戻った。3年前の要望時に、この部屋はブラインドへの変更が叶わなかった。
気配が変わったのを感じたのは15時を回ったあたりだっただろうか。茶を淹れるついでに立ち上がって古いカーテンに手をかけると、小さく、細かく、軽やかな雪が、四角の向こうに舞って視界を白くしていた。道路を隔てた向こうの歩道を、 ー 集団下校になったのだろうか、小学生が列を作って帰って行くのが見える。傘を持たない早足の姿を見つけたが、本人は気にするそぶりはなく、むしろ楽しそうでもある。雪慣れない東京の子どもたち。“積もれ”と大声で叫ぶ声が聞こえてきたのは、雪景色を楽しみにしているのか、あるいは明日の登校がなくなることを期待してのことなのか。
いい大人は楽しいとばかりも言っていられないので、長時間残業の常態化していることで有名な同僚たちも定刻退勤に向けて支度をはじめ、職種の違う私は1時間の休暇をとって外に出た。花壇の縁石が白くなり始め、濡れたアスファルトの上に溶け切らない粒子が浮かんできている。
これは積もるかな。
降雪の経験に乏しい海沿いの街の生まれが、頷きながら帰路を急いだ。