○近藤史恵「間の悪いスフレ」「ヴァン・ショーをあなたに」
仕事で銀行待合やら役所待合やらが多い時期だったので、合間に軽く読める本をと思って、長らく手にしていなかったビストロ・パ・マルシリーズを。先が気になって没頭して読むタイプの小説ではないけれども、短編で区切りをつけ易いし、引っかかるところなくさくさく読めるし、こういう時にはとても良い。料理が相変わらず美味しそう。うっかり3作目を飛ばしてしまったので早めに読みたい。
○アントワーヌ・ローラン「ミッテランの帽子」
先月読んだ「青いパステル画〜」がいまひとつ合わなくて、書評的には私が好きそうな作家さんなのでもう一作だけと思って挑んだところ、これはとても良かった。些細な出来事で人生が大きく変わることがある。あの時こうしていれば、あの道を選んでいれば。ミッテラン政権下のフランスの政治情勢に明るければ違った感想があったかもしれないけれども、それでも十分に面白かった。
○ヘニング・マンケル「イタリアン・シューズ」
北欧ミステリの作家と聞いてよく調べずに手にしたら、ミステリではなく人生振り返り贖罪小説だった。全体を貫く曇天模様のような重さと暗さは北欧ミステリの特徴であるそれと同一で、それでいて派手な事件が起こるわけではないので、終始陰鬱さが漂っていた。これは本の選択を外してしまったかなと思って読み進めていたところ、ラストに向けてのシーンが素晴らしく、ちょっといい読書をした気分になって終われたので読後感は重要。北欧小説を読むときはいつも思うことだけれども、この“夜の長い厳しい冬の世界”をイメージすることはなかなか難しい。
○夕木春央「方舟」
衝撃の結末という謳い文句で話題のクローズドサークルもの。読み終わって、確かにどんでんがひっくり返る展開ではあったけれども……。オチのネタから逆算して物語を組み立てるのはミステリでは当然のこととはいえ、一時が万事オチのための小説になってしまっていたのが気になった。途中で引っかかっていた不可解な行動やら何やらが、最後にこのオチをやりたいためだったのね、という納得の仕方になってしまったのが残念。エンタテイメントの小説なのだからあり得ない設定は気にならないけれども、心理描写はもう少し共感性が持てた方が好み。
○万城目学「八月の御所グラウンド」
考えるな感じろ系の読者を選ぶくせツヨ作家さんのイメージとはいえ、このキャリアの長さで直木賞を取っていなかったのは意外だった。もっと前に取るべき作品があったのではないかな……と考えて、佐々木譲氏が同賞を受賞した際に長く書き続けたことへの評価としての賞ではないか、と言っていたことを思い出した。「八月の〜」は読みやすいけれど人物描写の随所に万城目節が効いている感じ。もう一つの女子駅伝の短編は、よりシンプルですっきりとして、私はこちらの方が好みかな。受賞おめでとうございます。今後もますますのご活躍を。
○トニ・モリスン「青い眼が欲しい」
黒人女流作家による人種問題をテーマにした小説。といっても、白人によって差別された黒人という単純な図式に終わるものではなく、黒人同士の中である差別も描く。貧困が、劣等感が、無力感が、それぞれの中に根付いてしまう背景。それが故に虐待があり、また新たな差別がある。黒人の少女が他の黒人少女に向かって「私の方が白くて可愛いわ」と叫ぶシーンや、黒人の少女に、“可愛いもの”として金髪碧眼の人形を与える価値観。読みながら考えさせられるシーンは多かったけれども、感想としてアウトプットすることが難しい。