無伴奏ソナタ(キャラメルボックス初演キャスト版感想/ネタバレを含む)

イチコ
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演劇集団キャラメルボックス

多田直人/大森美紀子/岡田さつき/岡内美喜子 畑中智行/左東広之/小多田直樹/原田樹里 石橋徹郎(文学座)

原作 オースン・スコット・カード

脚本演出 成井豊

お芝居観てこんなに大号泣したのは久々。本当に泣き過ぎてわけがわからなくなるくらい泣いて、ぼーっとしてしまって終演後に劇場の階段踏み外して転げ落ちそうになった。危ない。

ハッピーエンド至上主義のきらいがあるこの劇団にしては珍しく切なくて悲しいお芝居な上、話の筋自体は途中から先の読めるような単純なものだったのに、何でこんなに涙が出るんだろうってくらい泣いた。

「特にクリエイティブな仕事に携わっている人必見」という感想をよく目にしたんだけれど、私はただの経理職だからなのか共感というほどの思いにはならなかったし、ストーリーもその設定はどうなの?……とか、え、それなんで?って思う部分も。でもこれだけ泣かされるとそんな些末なことなどどうでもいいやって気分になる。終盤はボロボロと涙が零れて止まらず、拭うと舞台が見られなくなるから、流れるに任せたままひたすら泣き続けた。

物語は、人が適性検査の結果で政府によって職業を決められて、それに従って生きる世界、というディストピアもの。天才作曲家であるクリスチャンは政府の取り決めを破った咎で音楽を取り上げられたが、どうしても音楽から離れることが出来ない。それにより何度も罰を受けて、それでもまた結局音楽に戻るという彼の人生を追いかける、二時間のお芝居。

音楽の天才だったクリスチャンだけれども、彼を愛した人たちはその音楽ではなくて彼そのものを愛し、そしてそのことが逆にクリスを純粋な音楽へと向かわせた。結果クリスは政府に音楽を奪われ、彼を愛した人たちも彼を失う。 でもその皮肉で残酷な輪の中で、彼の音楽だけは失われずに残り続ける。

それが何だかどうしようもなく切なくて美しくて、ものすごく泣けた。 抗い難い音楽への欲求を持ったクリスだけど、多田さんの抑えたような静かな演技のおかげで、とても澄んだイメージの舞台になっていた。多田さんとは新人時代以降はあまり縁がなくて、しばらくは佐東さんと前説で歌っていたペリクリーズの印象が一番強いくらいだったのだけれど、前回のヒトミの好演と続いて、いつの間にかこんなにいい役者さんになっていたんだなあって思った。むかし飛び道具っぽい脇役で好きだった畑中さんが今では主役を張るようになっているけど、同じ劇団を見続けているとこういう部分が楽しみ。

今回、その畑中さん始めとする脇がものすごく安定感があって良かった。特に岡田さつきさんの演じた工事現場の親方がいい。男性役なんだけど、さつきさんのサバけた感じと優しさとが、クリスを監視する立場の人間でありながら彼を守ろうとする思いとの、良いバランスになっていた。女性役をやった女性陣の中では原田樹里ちゃんがたいへん可愛らしかった。唯一の客演の文学座の石橋さんは、キャラメルの役者さんの纏っている雰囲気とまるで違う個性が、今回の役柄によく似合っていた。

途中から達観したように自分の幸いを求めずに生きるクリスの姿は痛ましく、そんな人生を観てきた客席の私たちが、ラストシーンで彼がずっと望んできたものを与える側になれたと思わせてくれる成井さんの演出が、とても素晴らしかった。この無伴奏ソナタでは主演の多田直人さんではなく、明確に劇中のクリスチャン・ハロルドセンに拍手を送ることが出来たことを、幸せに思う。

「切なくて辛くて奪われるばかりだったけれども、あなたの人生は美しかったですよ」と、クリスに伝われと思って拍手をしながら、涙が止まらなかった。 あなたは幸せですか。幸せって何だろう。問い続けた答えは示されなくて、でも懸命に生きる人に喝采を送る人でいたい、そして私も今を懸命に生きる人になろうなんて、柄にもないことを思ったお芝居だった。

後日、原作を読んだ。とても面白くはあったけれども、やっぱりこの感動は舞台ならではだなとも思う。文字でも映像でもなく、生の舞台だから伝わった。成井さんはいつもいいお仕事をされる大好きな演出家さんだけど、それにしてもこのエンディングは会心だったんじゃないのかな。

大切な記憶としてずっととっておきたい経験をした。

終演後、ロビーで劇団員の岡田達也さんが次回公演のチラシを撒いていたのでミーハー根性を発揮して一部もらって握手していただいて、「やっぱりキャラメルは素敵ですね!」って伝えてきました。

@ichi_ko15
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