雪が音を吸収するということを知ったのは中学生の時に読んだ漫画だった。台詞もコマ割りもよく覚えている。炬燵に入った彼女は三好達治の雪の二行詩が好きだとも言っていて、こちらについては教科書だったかあるいは資料集の便覧か、初読の記憶は思い出せない。
天候の悪い日に飛行機が低く飛ぶことがある。早めに帰宅して夕食を済ませ、炬燵で暖まろうとタブレットを持ち込んだところで、壁を揺らすような低い音が聞こえた。エンジン音。なるほど確かにこれも荒天だなと思っていたら、それにしてはどうにも様子がおかしい。これはもしかしてと手元で気象情報のアプリを立ち上げると、はたして雷レーダーの黄色い十字マークが東京都の地図の上に散っていた。
雪の中に雷の音を聞くのは、初めてかもしれない ー そもそも雪との遭遇経験が乏しいのだけれども。立ち上がって窓の外を見れば、ベランダの鉢植えは白の中に沈んでいた。しんしんと降り積もる雪と、結晶の中に閉じ込め損ねた雷鳴の夜だった。
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雪が吸収するのは音だけではなく、大気の塵芥を捕まえるので降雪の次の朝は空気が綺麗なのだという知識を得たきっかけは、思い出せない。職場の雪かきのためにいつもより早く玄関を出ると、予想通りに冴え冴えとした冷気が満ちていた。
頬に当たる空気は冷たく、でも不思議とひりつくような痛みはない。夜の深くなる前に降りやんだ雪は東京の朝を銀色に染めることはなく、車の轍が水路になって濡れている。踏み固められて氷のようになった場所を避けながら歩くと、レインブーツの下でぴしゃぴしゃと水が跳ねた。あちこちに雪解け水の気配があって、なのに空気に湿度をそれほど感じない。
冷気が、深い。
バス通りに向かう道の途中、月極の駐車場に並んだ車の上にだけ、手付かずの綺麗な雪が残っている。その屋根に、雪降り積む。
珍しい雪の雷鳴の夜に、そういえば太郎は眠れたのだろうか。