コロナ禍中の身辺の諸々が落ち着いて少しずつ劇場に足を運び始めるようになり、ようやく舞台に立つ今拓哉さんを観に行ってきた。お会いするのは実に4年ぶり。といってもお芝居ではなく、山口祐一郎さんのトークコンサートにゲストとして出演してするというもの。
チケットの神様の恩寵により前方列センターという良席で、いつかのバックステージミュージカルの歌のようにカレンダーを眺めてソワソワして、前の晩には丁寧に爪なんか塗ったりした。
コンサートは山口さんののんびりした歌とお話ではじまり、今さんの1曲目。
え、今さん、老けた????
ってびっくりした。
失礼なこと極まりない。
でもそれは当然のことで、今さんもう55歳なんだよね。そういうお前は幾つだよ。職場の後輩に誘われて焼肉食べにいって、うっかり胃もたれ起こしたのは誰よ。
歳を重ねるのは、普通のことだ。
でも、びっくりした。
4年間。Facebookも出演作の情報も追いかけていたけど。
4年。
そうか、今さんも年を取られるんだなあ。それはそうだよなあ。
そうかあ。
容姿以上に声にそれを感じて、音の張りというか伸びというか。1曲目なんて昔だったらもっとぱーんって突き抜けるように歌われたに違いないのに、ちょっとソフトな感じ。(そう言いつつちゃんと煽られるがままに踊りましたけど。そこはほら、ファンだから)
1幕はそれがずっと気になって、保坂さんとのデュエットも、やっぱり声の輪郭が丸くなったな、もっとシャープでクリアな声だったのにな、って思いながら聴いていた。
あまりにびっくりしてしまったことに、自分でびっくりした。
幕間に考えた理由は2つ。
まず、私は演劇を観始めてから4年前までの間、今さんの舞台を観ない年がなかったこと。出会ってから今さんは少しずつ少しずつ相応に歳を重ねられていたはずなのに、その“少しずつ”に気が付かなかった。
ふたつめ。劇場に行ってない間はむかし観たお芝居の記憶をよく反芻していたんだけど、すると当然、脳内で再生される舞台に立つ今さんはアンジョルラスを演じている事が多く……つまり私は“30代前半の今拓哉”を思い出していたことになる。エルマーも30代だよ。ジャベールだってお若かった。
それはびっくりするよね。当たり前だよ。
ミュージカルの役者さんはいつまでも見た目のお若い方が多くて、薔薇の雫と美少年の涙で生きているからね、と冗談を言うことがあるのだけれど、今さんはヴァンパネラの側じゃなかったんだな。
そうか。
だから私が時間を数えるあいだ、今さんの時計の針は同じだけ進んでいたんだ。
そうなんだ。
という結論に辿り着いて迎えた2幕の今さんは、これがもう最高だった。心底最高としか言いようがない。最高。
ソロの2曲目は、そうそう今さんこういう強い意志を持った人の歌がお似合いだよね。山口さんと平方くんと3人の曲はこの日1番の歌声で、1幕で失礼なことを思ってごめんなさい。キーも合ってるんだろうな、やっぱり今さんはミュージカル曲が素敵。
トークは相変わらず軽妙で硬軟にソツがなく、最後に見せてくれるぱあっと晴れやかな笑顔が、そういえば昔から大好きだったんだ。
この4年間、世の中ざわざわして大変でしたね。私も、それなりに色々なことがありました。人生って辛いことも哀しいことも多くて、その中に楽しいことを見つけて拾って数えて、毎日なんとか働いて、食べて笑って、そしてまた劇場に少しずつ足が向かうようになりました。今さんは多趣味な方だからきっとうまく自分の時間を楽しまれて、でもやっぱり色々なことがあったのでしょうか。
出会った頃から、随分とたくさん季節が行き過ぎました。先日は、職場の後輩から愚痴を聞いて欲しいと食事に誘われました。いまはなきプランタン銀座で、バイト代を握ってバレンタインの催事場を何往復もしていたあの小娘がです。先輩風をぴゅーぴゅー吹かせてきました。可笑しいですね。(残業後の焼肉は胃にもたれました。まったく情けないことです)
悩んだ末に選んだト音記号と五線譜のチョコレート。今でも覚えてる。
終演後、友人に「今さんヴァンパネラじゃなかったわ」って感想を送ったら、「ヴァンパネラじゃないから、これから良いおじ様や爺様の役を観られるね」って返信があった。これからまた何年か経って爺様役をやられる今さんなんて、そんなの間違いなく素敵じゃない。絶対観に行かなきゃ。
砦の上で天を仰いでいた青年革命家もいつの間にか少しずつ歳を重ねて、その姿に焦がれていた客席の女子学生は、よくいるくたびれた社会人になった。しんどいことがあって、つらいときがあって、今日も日常を過ごしている。
私の好きな役者さんはどうやら、時の流れの外を生きるヴァンパネラではなかったらしい。でもその代わりに、私の針と同じ速さで進む時計を持っていた。
それはそれで、嬉しいことのような気がするね。