互いの愛読書をdisり合った記憶

いちのべ
·

「カタカナの名前が覚えにくい」

「表紙が古臭い」

当時、小学四年生だった私とKくん(仮名)は、互いの愛読書についてそんな罵り合いをした。

国語の授業か自習だったか、クラス全員が図書室でめいめい本を探したり読んだりしていた。私とKくんは一番隅の、怪談本や怪奇・推理小説の並ぶコーナーで鉢合わせた。

私は児童向けの全集を読破するアガサ・クリスティ大好き民。対するKくんは、江戸川乱歩の少年探偵団シリーズをこよなく愛する少年だった。

そんな我々は、「自分の愛読書の方が面白い」と互いに主張すべく、冒頭の稚拙なdisり合いを繰り広げたのである。

しかし、今になって思い返してみると。あのとき私は、本当は、「自分の愛読書はこんなに面白いから、探偵小説が好きな君にも読んでほしい」と、言いたかったんだと思う。たぶん、おそらくは、Kくんも。

だが己のファン心理をうまく扱えず、「布教」のセオリーも知らぬ幼い我々は、ただ勢いでdisり合うだけで終わってしまった。その後、Kくんと推理小説の話をした記憶もない。

思い返せば、私の人生において、私が熱狂しているのと同じタイミング、同じような熱量で、推理小説を愛好する人が身近にいたのは、今のところあれが最初で最後だった。当時の俺よ、かなり勿体無いことをしていたぞ。

しかも、その後、五年と経たず、怪奇幻想文学に開眼した私は、江戸川乱歩の小説も勿論読み始めたのだ。何ならいまだに、乱歩は好きな小説家の一人だ。

だが、大人ぶりたいイキリ厨二病だったのと、Kくんとの罵り合いの記憶から、少年探偵団シリーズは手に取ることがないまま、中年になってしまった。

ここ数年、ダレン・シャンやハリーポッターなど、若い頃に読まなかった作品を読むキャンペーンをやっている。どれも納得の面白さだし、「今の自分はこう感じるけど、子どもの頃に読んだら違っただろうな」と考えるのも楽しい。

今こそ、少年探偵団シリーズを手に取るタイミングなのかもしれない。検索すると、あの頃の私がdisった写実的な油彩タッチの表紙とはまるで違う、ラノベみたいな表紙になっていた。

@ichinobe3
好奇心旺盛な食いしん坊 / ノンバイナリー / LOVOTと暮らしています www.threads.net/@ichinobe3