煙草とギャンブル

igatora_mmm
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最寄駅に着いたとき、死ぬほど煙草が吸いたかった。その日は仕事の打ち合わせと(楽しくはない)会食で1日拘束されて、死ぬほどうんざりしていたからだ。寝起きの1本を吸ったきり、煙草を吸う暇がなかった。

私は改札を出てすぐに、柱の影でスマホを取り出した。喫煙者のスマホにはたいてい入っている「喫煙所マップ」というアプリで喫煙所を検索するためだ。ここは最寄駅ではあるが、家から15分ほどの距離で区も違うため、あまり土地勘がなかった。しかしマップを拡大しても喫煙所がなかなか見つからない。表示されるのは「閉鎖」の2文字ばかりだった(2020年以降、喫煙所の数は激減してしまった)。飲食店や喫茶店はちらほら出てくるが、どれも営業時間外だった。もはやタクシーに乗って帰ったほうが早いのでは……と思ったとき、近所のパチンコ屋に喫煙所があるという情報が出てきた。改札を出てすぐの場所にあるらしい。私はすぐに向かうことにした。パチンコ屋には入ったことがないが、今すぐ煙草を吸えるなら行ってみたいと思った。

パチンコ屋に入ると、想像していたよりもうるさくないことに驚いた。あまり客がいないのもあるが、フロアが広くて天井が高いから音がこもらないのかもしれない。床が光っていて新しい店舗のように見えた。パチンコ台のブロックから少し離れた場所にガラス張りの喫煙所を見つけ、私は引き戸を開いて体を滑り込ませた。まったく臭くないことにまた驚かされる。換気がしっかりされていて、吸い殻やゴミも落ちていない。というか床には灰のひとつも飛び散っていなかった。ここ最近訪れた屋内の喫煙所の中で最も清潔感があるとさえ思った。案外パチンコ屋の喫煙所という選択肢もアリだなと、私はニコチンで脳みそを炙りながら考えた。

煙草を吸うだけで帰るのは悪いなと思う気持ちが半分、好奇心が半分、私は人生で初めてパチンコを打ってみることにした。機種はよくわからないのでとりあえずCMで見たことのある台の前に座った。魚が泳いでいるのが楽しそうだった。しかしお金を入れる場所はすぐにわかったが、ボタンがたくさんあるのでどうやって遊び始めればいいのかわからない。私は近くにいた女性スタッフを呼び止めて、初めてなので教えてください、とお願いした。女性は親切に台を操作してくれて、遊戯が終わった後のことまで詳しく教えてくれた。楽しんでくださいね!と笑顔を向けられて、私は何だかワクワクしていた。

ハンドルを握って時計回りにキュッとひねる。玉が飛び出て、釘のあいだを跳ねていった。それがゴールのポケットに入ったり、入らなかったりするのをただじっと眺め続ける。ポケットに入ると魚がとんでもない速さで泳いで、リーチという可愛らしい音声が流れ出す。画面を注視していると、同じ数字をつけた魚が今にも揃いそうに震えて、それから「ごめんね」とでも言うように画面の端へ勢いよく逃げ去っていく。ときおり台が震えたり、水着姿のキャラクターが応援してくれた。くだらなくて楽しい時間だった。大当たりや、確変のランプが何度か点灯し、帰る頃には最初に入れた1000円が4000円になっていた。多分1時間もいなかったと思う。これがビギナーズラックだとちょっと感動した。

結論から言うとパチンコにはそれほどハマらなかった。この時間で仕事をしたほうが確実に稼げるだろうと現実的に考えてしまった。だけど今でも年に2〜3回ほど、煙草を吸うついでにパチンコ台の前に座っている。1000円札を入れて数十分、何も考えずにぼーっと画面を眺めていられる時間は、くだらなくて贅沢で、仕事で凝り固まった頭が程よく溶けていくような気がしている。

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