白い息がほどける。
坂を登りきると、右手がふっと開け、平地が現れる。並んで立っている石の塔を複雑な通路がつないでいる。異国の都市の模型みたいだ。ここに来るたびに同じことを考えている。
父は迷うことなく、狭い道を進んでいく。青い葉を抱えた父の背中はまるくなっている。私は手さげのなかにある線香とライターを確認する。
雪、降らんでよかった。
運転もたいへんになるし。
スニーカーと地面のこすれる音が響く。けれどそれもすぐ消える。私は目に見えない巨大な生き物を想像する。全身がやわらかい毛で覆われていて、周囲のすべての音を吸い取ってしまう、そんな生き物を。
自分たちの区画に着くと、不慣れな手つきで作業を始める。塔をみがき、枯れた葉を差し替え、煙の出ている線香を添える。数粒の米を受け皿に落とす。目を閉じ、手を合わせ、礼をする。
ふり返ると、谷間の町が一望できる。蛇行する川に3本の赤い橋が架かっている。真ん中の1本を白い自動車が渡っていく。その先、寄り添うようにしている家屋のどこかに向かっていく。
帰るか。
お腹すいた。
父と私は来た道を戻る。あの生き物はおだやかな眠りにつく。ここにいる人びとは目を覚ましはじめる。朝の日差しが張りつめた空気を少しずつあたためる。