昨今、職場にまつわるありとあらゆる事情に本ッッッッッッッ当に嫌気が差しており、マジでもう何か一つ致命的なきっかけがあれば辞めてやるからなという気概で毎朝仕事に向かっている。
それそのものが睡眠に影響しているのかどうか定かではないが、この日もまた日中16000歩とか動いた割には寝つきが妙に悪く、眠れぬ前夜に身体の調子を丸ごと持っていかれており、起床時点で始業まで一時間を切っているという雑魚っぷりであった。最近リリースされた睡眠改善アプリ「ポケモンスリープ」でも睡眠スコア30点とか40点とかを叩き出す日もザラであり「リリース当初から毎日欠かさずプレーしているが先週ようやく雪原に行けるようになった」と友人に報告した折には鼻で笑われた。
与太話をしている場合ではない。業務RTAはこの時点で既に始まっているのだ。
男梅ふりかけを雑にまぶした白米とインスタントの味噌汁を寝ぼけ眼でかき込み、爆速で身支度を整える。到底社会人とは思えぬ朝の有様であるが、最早慣れた日常である。
自転車に跨った瞬間に飲み物を忘れた事に気付くが、一度玄関の鍵を閉めてしまった以上、家の中に取りに戻る余裕はない。鍵を取り出す、靴を脱ぐ、飲料水入りのペットボトルを手に取って再び家を出る、それだけのタイムロスすら惜しい。
最低限無くて困るものはスマホと財布と家の鍵と自転車の鍵。あとのものは大概休憩中に調達出来るし、わざわざ職場に持ち込む価値も無い。逆か。ややもすればスピリチュアルな話になりかねないが、私物を職場の空気で汚したくないのでなるべく持ち込まないようにしている。
毎日、これで間に合ってる。否、間に合わせている。少しでも余裕が生まれるとすぐ気を抜いて余計な考えをよぎらせる人間なのでこれでいい。
かくして毎日恒例の限界出勤が今日も幕を開ける──かに思われた。
道幅が狭いわけでもなく対向車線に車が来ているでもないのにやけに幅寄せしてくる普通車に合わせ、歩道側に寄って走行していた。しばらく並走していたくらいの感覚だったけど実際は一瞬だったんだろう。自動車はギリギリ接触せずに自分を追い越したかと思うと、あからさまに速度を上げてあっという間に走り去ってしまった。なんだかあらゆる挙動が露骨で、仕事に間に合うか間に合わないかの瀬戸際を彷徨っている機嫌の悪い自分は真っ先に嫌がらせを疑う。わざとやってんのか?わざとやってんだな?黒い気持ちが沸々と湧き上がり、使い捨てマスクの中で小さく舌打ちをしたその瞬間。
道脇の民家のものであろう垣を構成する支柱。小学生の頃アサガオやらプチトマトやらの鉢植えにブッ刺してたタイプのアレだ。そのうちの一本が不自然に、本当に不自然にひん曲がって歩道側に飛び出しており、これまた運悪くちょうど走行中の自転車のハンドルに引っかかる位置・高さだった。ファイナルデスティネーションかよ。
弾かれたハンドルを反射的に大きく切る。転倒し、投げ出されて左半身を強かに打ち付ける。ほとんど道路のど真ん中。痛すぎて身動きが取れない。幸い対向車線の車どころか周囲に通行人すら見当たらなかったため、どうにか体と自転車を引きずって道脇まで辿り着けた。Anotherなら死んでた。
余談だが、本来この時期は羊みたいにモコモコのアウターを羽織っている。先の記事で伝えた通り何年か前に恋人と服を見に行った時買ってもらったもので、これ一枚と手袋とマフラーさえあれば豪雪(※関東基準)中も歩いて帰れる程度には恐ろしく保温性に優れた代物だ。が、今日この日はあまりにも朝から気温が高すぎた。こんなモン着てチャリ漕いだら単独真夏のJamboreeで熱中症間違い無しである。
着る服を悩む時間すら惜しい。咄嗟に手に取った上着こそ──かのヴィレッジヴァンガードとDance Dance Revolutionのコラボレーショングッズたるロゴ入りパーカーだった。
何の考えもなくDDRロゴを携えた出退勤を目論んでいたわけではない。どうせ職場に着いたら着替えるから誰に見られる訳でもないし、せめてその道中だけでもテンションを上げていきたかった。車に舌打ちしてる時点でテンションもクソも無いわけだが。
状況を整理すると、こういう時に限って正面に大きく「Dance Dance Revolution」と印刷された厚手のパーカーを羽織っているわけだ。突如として道に転がり込み、暫しの静止ののち独り悶絶しながら身を捩らせる。哀れな公道ダンスダンスレボリューションである。馬鹿がよ。まあ普段使いのモコモコ上着が無事だったのは不幸中の幸いと言うべきか。
辛うじて職場にたどり着いた自分は上司に事情を説明しつつ、非常勤従業員たちの視線を浴びながらロッカールームに滑り込むが、鞄の中からロッカーの鍵を探し出せない。後々探したらちゃんと出てきたけど、この時は焦りもあって見つけられなかった。
「もしかしたら転んだ時落としたのかも」という思いと同時に、鍵に着けていたドーパミンのジャケットアクリルキーホルダー(いつだったかAMNIBUSから販売されていた公式グッズ)を無くしてしまったかもしれないとふと思い至った時、突然涙が止まらなくなってしまった。肌身離さず身に付けていたドーパミンがいなくなったのかと思うと悲しくて堪らなかった。人はいつか居なくなる。でも曲は生き物じゃないからいつまでも側に居てくれる。そんな思いが、物体の損失を以て裏切られたような印象をどこかで受けていたのかもしれない。
良い歳してロッカールームの裏でみっともなく泣いていたらさすがに受診と帰宅を勧められたので、もう大人しく従うことにした。ほぼ自業自得なんだけどもう今年度使える有給休暇が無いので、これからどう生きていくかを考えて行かねばならない。本来であれば自分が生きるための時間を会社に握られている時点で変な話だよな。
色々考えながら問診票を記入している途中、突如ペンを走らせる手が止まる。
右手に力が入らない。厳密にはどうしてもペンが握れず文字が書けない。
頑張って書いてたけど時間が掛かりすぎていたのか受付の方に声をかけられたので、頼んで代理で記入してもらう。その節はありがとうございました。患者の中では恐らく若年層に当たる自分がここまで手を掛けさせているという事実に勝手にショックを受けて、また少し泣いた。
恐らく痛みによる一時的な虚脱感でしかないのだろうが、この時自分は「ペンが握れない=しばらく絵が描けないかもしれない」という闇のマジカルバナナに陥ってしまい、要らんネガティヴダメージを受けてしまっていた。因みに転んだ時打ったのは左腕である。意味わからん。
しつこめに呼び出される診察受付番号が564とか666とか縁起悪い数字ばっかでハラハラしつつ、ひたすら待つ。
待っている間もよくない思考ばかりが頭の中を埋め尽くしていた。
月末までに作らなきゃいけないものが結構ある。どこまでやれるだろう。やるしかないんだけれとも。
今日休んだ分、振替でどこか出勤しなきゃならないわけだから、そもそも休日というものが無くなる。そうなるとたぶんゲーセンに行ってる場合じゃないだろう。ギタドラの記念グッズキャンペーンのCD、欲を言えば両方欲しいけどもう到底間に合わないだろうし楽曲パックを買ってしまおう。
iPadで絵をたくさん描きたいけど、この分じゃその時間もあまり取れなさそうだ。
Triple Tribeイベントの解禁は間に合うだろうか。まだいずれの機種もほとんど触れられていない。SDVXはやる事全然あるし弐寺はアリーナモードでドンパチしてれば勝手に溜まるだろうが、問題はDDR。suspicionも好きだったから今回の朱雀合作もやりたいけど、こればっかりは怪我の状況によるだろう。
……。
ああ。
まあまあ頑張って仕事してると思うんだけどな。
今日は仕事が終わったら映画を観に行くつもりだった。「ボーはおそれている」。公式SNSが流しているコマーシャルを見てからずっと気になっていた。アリ・アスター監督の映画にはどれも目を惹かれるが、どうせ全部怖いので一つも観たことが無い。今日こそは観に行けると思ってた。たぶん後味も最悪だろうからと後日別の映画を観て記憶を上書きする計画まで立ててた。
「無理してる社会人」っぽく振舞うつもりは毛頭ないし、正直自分はそうではないと思う。毎晩遅くまで残業しているわけでもなければ(仕事はパンクしてるけど居残りした所で残業代を付けてくれるわけではないので)、理不尽な扱いを目の当たりにする事はあってもそれを受ける事は無い(最近は、という枕詞がつくが)。日を過ごすためにアルコールや抗精神薬に頼ったことも無い。どうせ嫌な事は見ないフリをしなきゃいけないんだし、そのために金と時間と体力を費やすのは惜しいから。
暗転したスマホの画面にぐちゃぐちゃの顔面が写る。みすぼらしい。だって整える時間が無いから、と瞬時に言い訳出来る自分に呆れる。
そろそろ行かなきゃなと思いつつ歯医者にも散髪にも行けていない。休みの日は大抵誰かと遊ぶ予定が入っている。それ自体が嫌だと感じる事はもうあまり無いが、当然いきなり散髪の予定を入れるわけにもいかない。人と遊ぶなら、その日はその人のために使わなければならない。端から容姿だってそこまで優れてないから、多少整ってなくてもどうせ大差ない。
胸元のダンスダンスレボリューションのロゴに目を落とす。
好きなものを好きな気持ちはいつでも一方通行だ。
「金野火織の金色提言」に「ゲームは友達」という歌詞がある。ゲームから見て自分は友達でも何でもないが、自分にとってゲームは友達どころじゃない。生活に無くてはならないものだし、実際自分は音楽ゲームに生かされている。自分が唯一人生の主軸においているものだ。
その筈なのに、どうして今、やりたくもない仕事のために行きたくもない職場に向かう途中、予定に無かった受診のために待合室で呆けているのだろう。
ゲームは機械だから、正解さえ示せば肯定してくれる。人の持つ秤や定規は基準が不鮮明でその時の状況次第で絶えず揺れているけど、機械の持つそれには絶対的な目盛が備わっている。機械と向き合っている時だけが、感情だとか思想だとかそういう、自分の中の不完全で有機たる部分を相対化してくれる。
だから良い。
だから良かった。
でも機械は生きている人が作るものだ。
機械を彩るために作られたものを選ぶのは人だ。機械の正しさを設計するのも、機械の世界に何が相応しいのかも、決めるのは人なのだ。
作らなきゃいけないもの。
実を結ぶかもわからない種。
孵らないかもしれない卵。
作った所で何になるだろう。
已まぬ悲しみが涙と共に溢れ出た時、強めの声で呼び出される。今かよ。
流れるように問診、レントゲン、診断。結果はシンプルに打撲。足も腕もどうやら大した怪我ではないらしいので鎮痛剤処方されて終わり。本当だな? The Herb Shopの曲がダンスラッシュに追加されるらしいから折れてないなら解禁に行くからな。
大事無くて良かった気持ち半分、いっそ大怪我して一ヶ月くらい休養したかったのに残念だなという気持ちが半分。無神経かもしれないが本当の言葉だ。もう心も体もズタボロで明日からいつも通り仕事出来る気がしない。「とりあえず動く」と言われたらとりあえず動くしかない。一度ちゃんと壊れないと止まれない。誰か自分を止めてほしい。
ああでも明日は水曜日。BPLの放送日だ。BPLやるんじゃどうにか生き延びねばならない。そうして日々を食い繋いでいる。だから今生きている。
眠れぬ夜より苦しい朝と誰にも解らぬ地獄を超えて、微かな光が見えたらいいね。