読んだ本の話「ネット怪談の民俗学」

せつ
·
公開:2025/2/6

 怖い話の中でも都市伝説とかネットロアあたりのジャンルが好きだ。実際にあった出来事を核に尾鰭背びれが生え、まことしやかに語られ、恐ろしげな忠告をしつつ差別を含んでいるようなやつ。あとそれが広がっていく様が好き。

 ただこの「都市伝説」というジャンル、ミスター某の存在のせいで「大きなものによって隠されている世界の真実がある」というようなジャンルになりつつあるのが嘆かわしい。見えないものを見つめすぎて真実に目覚め啓蒙活動に勤しむタイプの陰謀論者ある種の物語として、それを楽しむスタンスで面白がるのが好きと言うタイプの好きだ。でもはたから見たらどちらも変わらないヤバな人間なのかもしれない。

「ネット怪談の民俗学」を読んだ。

「世の中にあるロアは知っていると思うけど」というスタンスで、その生まれや広まった背景を説明していくような本だ。「知らないなら自分で調べてね、索引もあるし」のスタンスがさっぱりしていていい。知ってるつもりでいながら文体が好きでないから読んでいない長文とか、初めから好みでないと思って未読のままのものも改めて読むかと言う気にさせてくれるのがよかった。

 本の中でも触れられていたが私はヒサルキ付近の話が好きで、あれの良さは「ひとつの場所で起きた単一のエピソードと思われていたものが、同じ「何か」によって引き起こされていた連続の(かどうかはまだ不明であるものの)、事件群であると判明していく」奥行きなのだと思う。

 この「繋がっていく、繋がっていたと知る」の面白さは伏線回収のカタルシスに似ていていい。この本には載っていなかったが、「全く意味が分かりません」と「バスの老紳士」というエピソードも今でも好きだな。サイトによっては違う名前でタイトルが付いているかもしれない。

 都市伝説というジャンルを私に初めて教えてくれたのは、小学校の時に通っていた塾の先生だった。顔や名前は覚えていないが、男の先生が多い中にいた唯一の女性でわりと若く、今思うといわゆる「先生」にしてはややダウナー系で、「優しくてきれいな先生」というよりは「きれいだけどなんか変なことを教えてくれる」というのが好きだった。

 当時世間はまだ学校の怪談ブームの中にあり、私含めたキッズはそういう話に飢えていた。授業が想定より早く進んだ日に、そんなキッズにせがまれて先生が話し始めたのが「赤いクレヨン」とタイトルが付く話だったように思う。格安で買った家の間取りがおかしく壁を剥がすと、もう一部屋がでてきて赤いクレヨンで書かれた子供の字で「お母さんごめんなさいここから出してとびっしり書かれてるやつ。

 あれは鮮烈な体験だった。それまで私が触れてきた怖い話はいわゆる「学校の怪談」系で、「どこそこになんとかというお化けがいる」の似たような話ばかりでちゃんとオチのある怖いものという出会いは初めてだったような気がする。

 あの先生の素敵なところはそのあと追加で伝えてくれたことにある。

「君たちはこれから『友達の兄の知り合いが見た』なんていう話を聞くことになるだろうが、それは全て嘘だし、聞いたら家に来るとかいうお化けも嘘。何人に伝えなければみたいなのも嘘。だから怖がる必要はない。こういうものはこういう時に聞いて、キャア怖いと騒ぐためにあるだけのものだ」みたいなことを彼女は言った。彼女は私に都市伝説というジャンルを教えると同時に、過剰に恐れるあまりチェーンメールを回すような無邪気なビリーバーになることがないように予防接種もしてくれたのだ。なんて素晴らしい。

 彼女の名前は覚えていない。通年で教わっていただけではなく、多分代打で現れる不思議な人だった。彼女の他の変わったエピソードとしては、当時話題になっていたネタ本というかヤバ本というか 「完全自殺マニュアル」という本について我々生徒に教えてくれるなどがあった。今だったら怒られそうな話だがなんというかそういう破天荒さが好きだった。

 少し前に姉めいた存在が欲しいという気色の悪い話をしたが、今まで会ってきたリアルな人の中でその理想に近かったのはこの人だったのかもしれない。憧れの架空のお姉さんの原点と変な趣味の根っこが近いところにあるのだった。おしまい。

 変な過去の話は置いといて、ネットロアの流行とその背景についての本、とても面白かった。次は怪談の裏にある差別とかフェミニズムみたいな本が読みたい。探している。

@ilyagarne
沈没船からボトルレターだよ。ネガティブもオタク話も混在。