新卒入社してからもう新年を迎えようとしてます。
入社してから、俺って技術力無いなって思うことが増えたものの、自己解決したので、それまでの思考をかきとめました。
なぜ弱さを感じるか、技術力の壁
弱さってなんだろう
弱さは大きく分けて2種類あります。
人と比べた弱さ
目標とする自分の像と比べたときの弱さ
主に人が不安に感じるのは前者であり、後者は良い弱さとして後述します。
この人と比べたときの弱さというのは、エンジニアなら技術力など、大抵一つの指標のみでの比較で起きます。「私は同期と比べて技術力が低い」などがこにあたります。
私の論として、そういった一つの指標での比較は非常に無意味で、不安に思う必要はありません。せめて、総合的な能力で判断し、自身のロールモデルとする方がよっぽど前に進むことができます。
エンジニアとしての力は何か?
エンジニアの力=技術力と学生のうちは思いがちですが、マネジメントにしろ行動力にしろ、その人の優秀さを判別する指標は数え切れません。
たとえ技術力をどれだけ鍛えても、才能やセンスで一生勝てないと感じてしまっても、それはエンジニアとして一生勝てないこととは結びつきません。
エンジニアはその一軸だけで優秀さは決まらず、沢山のパラメータの真円のようなレーダーチャートが織りなす面積で決まります。
技術力の壁
KENSHIというゲームがあるのですが、各パラメータについて、1レベから99レベまでの経験値と、99レベから100レベまでに必要な経験値が同じなゲームがあります。なのでキャラ育成の時は、85ぐらいまで育てて次のパラメータのレベル上げをするのを繰り返します。
この現実世界は、各パラメータに才能値が振られており、成長速度がそれぞれ違います。なので余計に、もし技術力で追いつけないなと思ったら、それ以外の自分の伸ばせるパラメータを育てた方が良いです。その瞬間は自分自身へ自己嫌悪があったり、周りから評価されないんじゃないかと思うかもしれませんが、周囲の人はその努力をちゃんとみています。
弱者の生存戦略、適者生存、良い弱さ
生き残るために
壁に当たった時、納得できないかもしれません。私は今まで技術力で生きていたのに、どうしてやりたくないマネジメントとかをやらなくてはいけないのか。でも技術力だけでは追いつけない。どうしよう。
今までの話をひっくり返すようなことを言いますが、エンジニアの根底の力は技術力だと思っています。しかし、エンジニアの進む道は多くにわたっていて、技術のみで生き残っているエンジニアはごく少数です。
昨今、エンジニアに向けたキャリア論では、やいエンジニアはビジネス力も必要だの、マネジメントをした方がいいだの、技術力以外の方面で補って成長していく節が見られます。それらは、技術力だけで生き残れなかった、弱者のための生存戦略だと思っています。
ここで、弱者というと嫌な気持ちになりますが、なぜかこのエンジニア世界は、強者だけが生き残れるわけではなく、むしろ弱者の方が社会に迎合しやすかったりしていて、どちらかというと強者生存ではなく、適者生存に近い社会となっています。
弱者だからこそ生き残れる道が多くあります。
良い弱さ
このエンジニア世界で生き残るためには、つくづく自分の弱さを噛み締め、いかに理解するかにかかっています。戦って打ちひしがれリタイアするのではなく、自分の弱さに打ちひしがれ、1人そろっとリタイアする方がよっぽど多いからです。
自分の弱さを知っていることは悪いことではなく、絶対的な弱さは裏返してポジティブ表現にすることができます。自分の弱さを知っているから戦うことができます。畑山さんマインドでいきましょう。
舐めることと、リスペクトは両立する
より上に行くためには、先輩を舐めて、かつリスペクトする必要があります。どちらか一つでは超えることはできません。
舐めるだけではその人の弱さしか見えず、灯台下暗しとなり、いつか足元を掬われます。リスペクトするだけでは、人の強さしか見えず、憧れにしかなりません。
「あぁこの人はこんなこともできるのか、すごいなぁ。でも、これは苦手なんだな、これは僕にもできそうだ」
その人の強さで学び、弱さで成長すれば、いずれ超えることができます。
終わりに
ここからは自分語りとなります。
入社してから、俺も弱者側に回ってくんだろうなって、よく思います。
エンジニアの技術力にはいくつか段階があると思います。私は、何か作りたい物のためなら、どんなキャッチアップも惜しみません。楽しんで勉強できます。ずっと独学でやってきました。
でも、上の段階にいる人たちは、条件なしに、技術に触れることが楽しいのです。私は、意味なくリポジトリのPRを眺めたりできません。社内のテックリードを見て、あぁ私は勝てないなって思いました。
私は今まで技術の道を歩んできました。だから逸れたくありません。でも、自分の思う強さを貫こうとしても単に朽ちるだけなので、生き残るためにマネジメントをしてみたり、案件外の社内活動をしたり、社外活動をしたり…。
それで褒められることは嬉しいけれど、本当に褒められたいことでは無いので、少し複雑な感情だったりします。
私は私の弱さをよく知っているので、これからの道について不安も怖さもありません。やれることを全てやるだけです。
2024/12/6 追記
記事を見た先輩からフィードバックをいただきまして、そのやりとりはまた参考になるかなと思い、それを交えてもう少し加筆しようと思います。
私のこの記事は、あたかも強い-弱いの二項対立に、弱者のための戦略と称して、そんな価値観を気にしないようにしようね、という論であったかと思います。それは弱者にポテンシャルをつけて、強者に対して等位であると考えつけることで、脱構築することを目的としています。
その後、そのまま自身の成長に関して俯瞰し、非能力主義的な価値観の軸を持って考えをすすめるものですが、私の記事では後半になるほど、「より上に行くため」とか、「俺も弱者側に回っていく」とか、能力主義的な感覚に囚われており、結局まだ固定された価値観の奴隷であることがわかると思います。
私自身、それから抜けることを目指したこともありましたが、それを続けることは単なる強がりにしかなりませんでした。二項対立から逃れることはできず、真に自分の成長に対してメタ視点をもつことは非常に難しいのです。
それは、自分そのものに対して、悪い意味で諦め、良い意味で俯瞰する、ものであると思うので、自分の力・成長に関してそれをやると言うのは、やるせない部分もあったのかもしれません。
私は昔から自身の弱さと向き合ってきて、成り上がり欲求もあり、二項対立からは逃れられない性を持っているため、このようになっています。 なので、あくまで軸からは逃れず、その数と広がりを見るようにしています。
この強さ-弱さの軸から脱構築が出来るというのは、綺麗な考えの人だなぁと思います。 私は汚い考えの人なので、野心も野望も手放せず、強い-弱いの軸から逃げられません。先輩を舐める・リスペクトするというのも、単に野心から、相手の粗探しをして見下している自分と、強さを知ってリスペクトする理性からなっているにすぎません。
重要なのは、思想や精神に支柱を持ち、その軸に向き合うことであると思っています。自分の成長に対して、向き合うにしても、俯瞰するにしても、あなたのより良い視点が見つかることを祈っています。
最後に、私のバックボーンとなっている記事や曲を貼っておきます。