そうだ。この日記はこれからSNSへの引用禁止です。URL貼るのはあり。
土曜日に深夜バスで弾丸で東京行った疲労もあり、日曜日はぐったりしており、仕事はいっさいしなかった。そんな日曜の夜は変な時間に寝て変な時間に起きてしまい、さらに変な時間に寝直し、まあ8時間睡眠くらいはできたんだけど、いや、あんだけ体力つかって8時間睡眠しかできないのかよ! 理不尽だ。
朝から2000字のライブレポをがががっと書いて送信。そのまま休憩してから翻訳作業するつもりだったが、なんだかんだと細かい雑用してたら昼になってしまった。タコライスをつくって食べる。タコライスのためにわざわざキャベツの千切り用ピーラーをダイソーで買ってきたのだが、台所の引き出しにしまおうとしたら家族が昔買ったやつがあった。もったいね~! まあピーラー、いくつあって困るものでもなし(収納場所がある場合にかぎる)。
先月(いや、もう月が変わったから先々月だな)東京行ったときに参加した句会のレポが主宰の酒井さんから出た。まあ内容については↑のnoteを読んでくださいな。すごくおもしろい催しだったしいろんな人とやりたいけれど俳句に不慣れな自分はオーガナイズすることはむずかしそう。酒井さんまた誘ってください…… 上京するタイミングによりますが……
飯食ってからちょっとだけ翻訳。うまくいかず。うーんうーん。気づけばバイトの時間である。飲料のピッキング。
きょうは気温低いけど湿度が高くて、ちょっと梅雨っぽい空気。微妙に過ごしづらい。が、さすがに初夏のかんかん照りのときよりは落ち着いて作業ができた。水筒も1リットルでじゅうぶん足りた(一応500mlのバックアップも持っていっているのだが)。
押韻についてなんでかバイト中に考えていた。単に特定の箇所で母音を一致させるというだけならば、技術的には韻を踏むことは日本語でも難しくはない。しかし、「母音の一致」を「韻」たらしめるまでにいろいろと障壁がある。谷川俊太郎が小泉文夫との対談でこんなことを言っている。
たとえば、もう二十年以上前に、“マチネ・ポエティック”という運動があって、中村真一郎さんとか福永武彦さんたちが、西洋のソネットという形をまねして、西洋と大体同じようなルールで脚韻を踏んで詩をつくった運動があったわけです。これは一つの運動としておもしろい運動だったんだけれども、実際にその程度の脚韻の踏み方じゃ、日本人の耳になんにも韻が聞こえてこない、生理的に。これはちょっと否定しようがない。日本人の耳に聞こえるぐらい詩で韻を踏もうとすると、これはもうだじゃれ、地口のたぐいになるわけね。(笑)だから逆にみんなそんなことは避けてる。ぼくはそれを避けてるからだめだという気がしてるわけで、つまりだじゃれ、地口で詩を書けばいいじゃないかということが一つぼくの発想にあって、それで『ことばあそびうた』というふううな詩集をつくったりしてるんです。
その場合に、ほんとにこれでもかこれでもかというぐらいに韻的な要素を持ち込まないと聞こえてこない。そういうものをうんと持ち込めば、それじゃ非常に下品で聞くにたえないかというと必ずしもそうじゃないわけですよね。やはりとても子供たちも喜ぶし、おとなもけっこう喜ぶわけです。ただ、そういう形でつくれば、何かいまの日本人の読者の中には、そういう形での日本語との接触に飢えているような面があるから、わりあい受けることは受けるんですよね。だけど、ぼくがそういう形でだけ詩をつくっていけるかというと、やっぱりどうしてもそうはいかないわけね。そういうだじゃれ、地口みたいな詩をつくってると、やはり自分の中でどうしても抜け切れない部分というのかしら、自己表現じゃないといいながらやっぱり自分の中にたまってきちゃうものがあるわけです。
小泉文夫『音楽の根源にあるもの』平凡社ライブラリー、1994年。pp.325-326
定型をつくって押韻しても「韻が聞こえない」、じゃあ韻らしい韻に聞こえるまで踏めばいいかというと、そうすると「だじゃれ、地口のたぐいになる」。谷川の言ってることを真に受けるならば、日本語において押韻が挫折してしまうのは、そして避けられてきたのは、そもそも「韻が聞こえ」る条件が(おそらく英詩の形式を借りただけでは)揃いづらいこと、さらに「韻が聞こえ」たら最後、それは地口になってしまうこと、だいたいこのふたつにある。
少なくとも語呂をうまく合わせて語りをリズミカルに聞かせる表現が日本語にないわけではない。強い定型性はないので押韻ということはむずかしいかもしれないが、啖呵売とか、アナウンサーなどが良く暗唱する外郎売とか、口語による芸能にはめちゃくちゃそんな例がある。しかしまさしくそうした韻的な表現は、地口として野暮ったく、時代がかって、あるいは谷川やその同時代の詩人にとっては「下品」なものだっただろう。
日本語ラップのけっこう初期の例とされる(されすぎてうんざりもされている)スネークマンショーの「ごきげんいかがワン・ツー・スリー」だって、けっきょくは押韻を地口として解釈することでラップを輸入しようとした試みとまとめられる。逆に地口になってしまうことを避けようとして、「意図的に韻を踏まないラップ」が生まれたとも考えられる。押韻的な表現の野暮ったさをコミカルに利用するならば吉幾三になる。吉幾三はさすがにもういいって?
仮に「地口から離れつつ、押韻を捨てない」という命題を軸にして日本語におけるラップをマッピングしたらどーなるだろ。などと、チューハイをコンテナにつめながら思ったのだった。たとえば文学的な修辞や語彙、そこから生じる「リリシズム」は、「地口から離れる」ための方策であろう。とか。
ちなみにヒップホップがこうした日本語による押韻の不毛へある程度切り込めた理由としては、それが常にリズムとフロウを伴う表現として輸入され、地口的な押韻がもつ日本語のリズムを改変するのが並行して進んだことにあるような気がする。いとうせいこうが言っていたのだと思うが、初期日本語ヒップホップにおいては七五調からの離反も大事で、地口、七五調といった伝統的(≒現代口語から浮いた)な表現からの切断が模索されたのだと思うと、「ラップ/英詩への無理解」とされるものが逆方向に射程がずんと伸びていく。
ああ、まあ、こんなこと誰でも考えてるだろうし、わざわざ書いてるのも恥ずかしくなってきた。ちょうどそういう話しとるやつがありまっせというのがあったらしずかなインターネット経由でレターで教えて下さい。SNSには書かないでください。