コバヤシ先生

MYK
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公開:2025/8/7

コバヤシ先生は小学校の社会の先生だ。小学校では担任教師が全授業を担当するはずだが、コバヤシ先生は4年生のときに習った「社会だけ」の先生だった。おそらく他のクラスでも「社会だけ」を教えていたはずだ。

コバヤシ先生は体罰上等、「ザ・昭和の鬼教師」だった。授業に来るときは出席簿、教科書、チョーク入れとともに竹刀持参だ。言うことを聞かない生徒、ふざける生徒、いたずらが過ぎる生徒、テストの点が悪い生徒はこの竹刀で容赦なくひっぱたかれる。

生徒たちがそんなコバヤシ先生を嫌っていたかというと、逆だった。とにかくコバヤシ先生は話が面白いのだ。教科書には載っていない、親が教えてくれない、面白い話をたくさんしてくれるので、みんな社会の授業を楽しみにしていた。

私のお気に入りは「預金の利息で暮らす話」である。私は子どものころから守銭奴で、おこづかい帳はもちろん、お年玉を原資にして祖母を相手に高利貸し(月1割)をしていた。

コバヤシ先生の話では、3億円貯金しておくと、毎月30万円の利息が付くというのだ。守銭奴の私はこの話に心奪われ、来る日も来る日も「どうすれば3億円を手に入れることができるのか?」「利息の30万円を何に使うか」で頭がいっぱいになった。「宝くじ」という解決策を思い付いた私は、親に「宝くじを買ってくれ」とねだり、「まじめに働け!」とこっぴどく怒られ、大人になってからも宝くじは買っていない。

コバヤシ先生の話でもう一つ、ずっと私の記憶から消えないのが戦争の話だ。

「世界のどこを見ても100年以上平和が続いた時代はありません。日本では君たちが生まれる20年前に戦争が終わりました。運がよければ君たちは死ぬまで戦争を経験せずにすむかもしれません。でも、また戦争が起きるかもしれません。これまでの戦争の理由は、人種、宗教、領土でした。この先また戦争が起きるとしたら、水をめぐる戦争かもしれません。人間が増えすぎると水が足りなくなります。水が足りなくなると作物を作れません。少ない食べ物を取り合って戦争になるかもしれません。不思議なことに人間が増えすぎると、戦争が起きたり疫病が流行ったりします。君たちが生きている間に戦争が起きないといいですね」

……というような話だった。いつもなら先生の話に心を躍らされていた生徒全員が静まりかえった。コバヤシ先生が親よりひと世代上だったことを考えると、戦時中に大変な思いをしたであろうことは想像に難くない。

世界で紛争や戦争が起きるたび、疫病が流行るたび、コバヤシ先生のことを思い出す。私の周りでは母が唯一の戦争体験者になってしまった。なぜコバヤシ先生がクラス担任をせずに社会だけを教えていたのか、還暦を目前にしてようやく気が付いた。テクノロジーが進化して、遠くの国で起きている戦争の映像がリアルタイムに届いているというのに、気付くのが遅すぎる。

ところで、「預金の利息で暮らす話」だが、3億円をゆうちょの定期(預入期間1か月、年利0.225%)に預けたとしても、税引き後の利息は4万5千円である。ということで、3億円が手に入ったなら定期預金ではなく、リスク分散型の投資信託にするのが正解だろう。

@imyk_ja
福岡在住の英日実務翻訳者。猫と酒とロックが好き。