高校生のとき、国語の授業で「冬の俳句を作る」という課題が出された。そのときの句は今でも覚えている。
寒空にそれしか分からぬオリオン座
友達に「あ~、そうだよねえ」と納得されてお終い。先生にどう評価されたかは覚えていない。その後、俳句を作ることなく今に至る。
同業者(翻訳者)は言葉に対する感度が高い人が多く、俳句をやっている人が多い。私は季語がよく分からないし、たった17文字で何かを表現できる気がしないからと、遠くから人の句を眺めているだけだった。文字数に制限が設けられていないエッセイや小説に比べると、難易度がぐっと高くなるように感じられるのだ。それに難しい言葉や漢字も苦手だし私には縁のないものと考えていた。
そんなとき、仲良くしている同業者のRさんが句集を出版された。彼女の句集をパラパラめくっていて、ある句に目を奪われた。
目玉剥く岡本太郎草いきれ (村上瑠璃甫)
へ? 岡本太郎? こういうのもアリ? 目玉を剥いた岡本太郎を思い浮かべて声を出して笑った。とはいえ、まだ私と俳句の距離は縮まらない。人が作った句を見ては面白がったり、感心したり、驚いたり。それだけだった。
先日ニュースを見ていると、米の価格高騰を躍起になって取り上げていた。高騰しているのは米ばかりではないが、潤沢であった(あるべき)はずの米が値上がりしたことに誰もが裏切られたような気分になっているのだろう。SNSを見ていると怒りのエネルギーが渦巻いている。つい一緒になって怒りそうになった、そのときだ。
「怒りをそのまま言葉に転換すると健康に悪そうだな。これ、季語も入れて俳句にしてみよう」と思い立った。季語を辞書で調べて、17文字に削り、言葉を並べ替えているうちに怒りはおさまってしまう。アンガーマネージメントにもってこいかもしれない。そうしてできあがった俳句がこれだ。
米高し湯豆腐正義の味方なり
季語を入れて17文字と、ただ俳句の体をなしているだけだが、スカッと爽快な気分になったので、風邪を引いてむくれた気分も俳句にしてみた。
雑炊をふうふうすくふしかめ面
咳三つ四つハチミツの甘き茶
そうこうしていると、アンガーマネージメントだけでなくグリーフケアにも使えるのかな?と思い始めた。悲しい出来事も俳句にすることで気持ちが紛れるかもしれない。幸い、いま悲しい出来事には直面していないので、祖母と父の死を俳句にしてみた。
涅槃まで桜吹雪に乗りてゆく
秋晴れにヴァン・ヘイレンと天国へ
こさえてもおはぎ食む父もうおらん
よく分からないが、そもそも歌や詩は喜怒哀楽を音や言葉で表現するものだから、私のプリミティブなアプローチは王道といえるかもしれない。ここでも鮎川イズムを守り、「上手く作ろう」などとは考えないようにした。自分の中にあるものを言葉にするだけ――ただし17文字で季語を入れる(ここが一番難しい)。これからも腹が立つことがあれば俳句にしてみよう。もちろん楽しいことも。