
ノイズ多くない?
ほら、今見てるスマホ
街の騒音、生活音とも「質」が違う物質
自分が情報を査取するつもりが、読み取り専用Readerになってない?
そもそも古典的な手法として、広告に触れるというのは身体の中身ごと「商」の方向に誘導されるということだから、わたしたちは広告の宣伝文句に触れた途端に、多かれ少なかれアレルギー反応を起こしているのだと思うけど。
確かに広告はビジネスとして儲かる。だからみんな広告をやる。
だけどその中に本当に見たい情報がいくつあるのだろうか、果たして。
昭和記念公園で年に一度やる蚤の市(フリーマーケット)とは訳が違う。
わざわざ電車を乗り継いで、楽しい会場に入って行かなくても目の前に現れてしまうこの「欲しい」と「ガラクタ」の混合をどうすべきなのか。
(いそいそと沢山の商品を持ってやってくるという形式でいえば)高級デパートの外商?そんな質の高いもんじゃない。
一度みんなで考えてみるべきだ。
本当に欲しいものなんて片手に収まるのだから。