田渕句美子『百人一首 編纂が拓く小宇宙』 が面白かった

いのま
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公開:2025/12/4

これは「2025年の"推し"本 Advent Calendar 2025」へ寄稿する記事です。

2025年に読んだマイベスト書籍ということで、私からは田渕句美子『百人一首 編纂が拓く小宇宙』をご紹介します。

田渕句美子「百人一首 編纂が拓く小宇宙

今年の夏、和歌に関する本をいくつか読んでいました。これはその時に読んだうちの一冊です。2024年に刊行されたばかりで、最先端の「百人一首」研究が読めます。

岩波ですが一応新書なのである程度は易しく書いてくれていて、半分くらいは言ってることを理解することができました。家系図と共に歌人の人間関係から語るパートとかは正直読み切れてませんが、それでも全体的な読み味が良すぎたため今回この一冊を選んでいます。

歌集というアンソロジー

歌集は、それぞれの部分が全体の大きな流れを汲むよう編纂されています。例えば「恋」の歌たちは歌集を読み進めるにつれて段階を経て恋が進んでいくよう配置されます。また、自然を詠む歌たちは情景や季節が和歌の配列によって滑らかに移り変わり、繋がっていきます。僕はこのことを知りませんでした!

歌集にはその順序、前後の歌との関連、全体からの位置づけ、それぞれ意図が強烈に込められており、古今和歌集などをはじめとする偉大な歌集はそういった深読みな鑑賞にも応えてくれるものになっているそうです。

さまざまな歌集についてこういったギミックたちを国文学者である筆者が解説してくれるわけですが、これがすごく面白かったです。

謎の歌集「百人一首」

百人一首というのは百人の歌人から一首ずつ歌を集めた構成の歌集です。現代でも広く親しまれています。しかし、これを誰が編纂したか(誰が歌を選んだか)を明らかにする確固たる証拠は今日に至るまで見つかっていないのです。

こんなにも有名なのに、撰者不明。長らく百人一首の撰者は藤原定家だろうとされてきたようですが、田渕はこれに異を唱えます。その根拠が面白いんですよね。ざっくり言ってしまえば「あの定家がこの歌集にこの歌を選ぶとは思えない」といった論調です。

詠者や歌のバックグラウンドまで共有したハイコンテクストなコミュニケーションを解き明かしていく様相はさながら、ミステリ作品を読んでいるようでした。

「編纂」ってすごい

この本に深く感銘を受けた理由の一つに、「編纂」という営みの奥深さに触れられたことがあります。それぞれ別の時代に詠まれた歌を、編纂によって一つの作品として再構成する、という作品づくりの形。現代の音楽でも、アルバムやライブに組み込まれる曲の配列は決してランダムに決められていません。複数の作品が響き合い、一つの作品を構成するという点で、同じものがそこにある。普段聴いている好きなアーティストのアルバムの曲順だったりそれぞれの背景だったりも、大切に深掘っていきたいなと思った次第なのでした。