歳の離れたいとこである、中2男子の宿題をみる機会があった。
その日は祖父母の家に親類が集っていた。夜も更けていき、最後まで居間にいたのは自分と、彼を含む叔母一家だった。その後、叔母と長女が先に布団に向かい、しばらくして次女も続いた。その都度、彼に向けて「自分らはもう寝るがあんたはまだ起きてるのか」との声がかけられた。しかし結局、彼と自分の二人だけが居間に残ったのだった。
彼は先程から、机上に社会科の宿題を広げていた。自分はスマホをいじりつつ、それとなく彼を気にしていた。しばらく観察するも、一向にペンが動く様子はない。この時点で23時半を過ぎていた。あまり夜更かしさせるのも良くないと思い、「なかなか進まないようだから、今日はもうスパッと寝ちゃって明日続きをやるのはどうか」と声をかけた。しかし彼はまだ続けると言うので、「じゃあ私は0時に寝に行くから、それまでの間ガチで集中しよ💪😄」と提案した。彼は頷いた。
再び机に向かった彼だが、やはり手は止まっている。これは手引きをするべきだろうか、いや、あまり口出しされるとうるせえだろうか? 自分が干渉されるのを好まないタイプだったこともあり、しばし逡巡する。が、そもそも自分と彼はさほど親しくしているわけではない。彼にとって自分は、年に1〜2回会う程度の、十個以上歳が離れた親戚だ。本気で干渉されたくないなら、そもそも居間に二人きり残っているこの現状が気まずすぎて、姉たちとともに就寝しているはずだろう。
意を決して再度、「やっぱ進んでなさそうだねー😂」と、できるだけフランクに見えるように努めて突っ込む。そうだ、自分はコミュニケーションが不得手なのだ。彼が開いていたのは「一年生の復習」というページだった。課された範囲はその見開き2ページだというので、もう一気にやっちゃおう! と解答が載った冊子を手に取り、一緒に解き始める。
これが自分にとって衝撃だった。できなさのレベルが、自分の想定をはるかに上回っていたのだった。まず、単純な暗記の問題が全くできていない。オーストラリア周辺の先住民の名称を問う問題で「アイヌ」と答えたり、アメリカ大陸の工業地域を問う問題で「EU」と答えたりするのだ。固有名詞を覚えるという発想ではなく、「先住民」「地域」というざっくりとした語彙のフォルダに入っている言葉を無闇矢鱈に当てはめているような印象をうけた。
そして記述問題。ある問いで、資料として棒グラフを用いていた。アフリカ大陸における移民の人種別割合が、最古のデータでは9割以上がヨーロッパ系で占められている→最新のデータでは多様な人種によって構成されている…という推移を示すグラフだ。このグラフのとおり移民の人種別割合が変化したのはなぜか? という問題だ。
まず自力で解かせるもやはり手が止まるので、この問題は何を答えさせたいと思う? というところから尋ねた。グラフを見て答えろって言ってるんだから、まずグラフを見てみよう。年々なにかが変わってるよね。…ヨーロッパ一色だった割合が、たくさんの民族へと変わってるよね。ってことはこの問題は、そういうふうに変わった理由を聞いてるんじゃない?
そして彼が解答欄に書いたのは、「人数が増えた」という一文だった。「白人優遇政策(白豪主義)が撤廃されたから」というのが正答例だったが、この解に辿り着くか否かはこの際問題ではない。「人数が増えても割合が変わるとは限らないよね、どう思う?」と聞いてもやはり首を傾げるばかりで、なんというか、論理的思考の形跡が全く見えないのだ。もっと言えば、この答えでは解答欄の行数に対して短文すぎるとか、そういう暗黙のテクニック的な部分も含めて勉強のやり方が全く分からないんだろうなと思った。なまじ自分が勉強せずともスイスイ国語ができたせいで、これまで自分事としては捉えられなかったが、読解力の重要性というのも切実に感じさせられた。これでは勉強全般が苦行だろう!
のちに聞いたことだが、叔母一家は夫の不貞により離婚調停中だという。詳しい事情もわからぬままに転居・転校と相成った彼は、自宅ではかなり荒れており、勉強もまるでしないのだという。彼が宿題をしていたことについて、叔母が「ワークなんて開いているのを久しぶりに見た!」と驚いていたと、しばらくして母から聞いた。彼があの夜居間で宿題をしていたのは、家庭外の人と関わりたい気持ちも、勉強をどうにかしたいという気持ちもあるからなのだと思う。見開きの半分が終わった時点で0時をまわったため、ここまででやめとくか? と確認した際にも首を横に振り、彼は最後までやり遂げたのだった。
今思い返せば全体的に自分の力不足でションボリしてしまうが、手応えを感じるやり取りもあった。金などの、産地が限られる金属をなんと言いますか? という問いがあり、やはり彼は答えられずにいた。自分は畳み掛けた。
金属って英語でなんて言う?多分聞いたことあると思うよ。金属は英語で、メタル。メタルって言葉聞いて、なんかイメージつかない? たとえば…(ここでポケモンのメタグロスを想像する)…あー世代じゃないかーうーんうーん…(彼がポロッと「はぐれメタル」と呟く)それだー!!!はぐれメタルは銀色じゃんね、あれ金属だからだね。メタルは金属! で、産地が限られるってことは、貴重ってことだよね。ゲームとかでさあ貴重なアイテムのこと何ていう? 言うじゃんねなんとかアイテムって…(彼がハッとした顔をし、レアメタルと書き込む) それだー!!!貴重な金属だからレアメタルだ!!これはもうテストで絶対に書けます。
レアメタルに関しては多分、このやりとりとセットで記憶に定着したと思う。全てがこのようにはいかないが、知らない事物を他分野の知識と結びつけることで自分ごととして捉える感覚…を掴む端緒となっていたら本当に嬉しい。まあそれは高望みだとしても、勉強するうえでのちょっとした達成感や楽しさぐらいは感じてくれたのではなかろうか。少なくとも自分は、彼がレアメタルを導き出した瞬間にグルーヴ(?)を感じていた。おそらく彼からはクールな人間寄りに見えていたであろう年上の親戚が、自分が解答したことでテンション上がってたってことだけでもフックのある記憶となりうるのでは。思い上がりか?
会える機会もなかなか無いが、次回以降はもっと積極的に勉強をみてあげたい。興味を持てそうな本などがあればプレゼントしてあげたい。グイグイ距離を詰めて仲良くするではなく、「困ったことがあれば気兼ねなく話せる第三者の大人」ぐらいのポジションに自分がなれればと思う。一番難しいか。