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時間を止めない

inuko
·
公開:2026/9/14

『急に具合が悪くなる』に出てきた時間の話が面白かった。これはがんになった哲学者の宮野真生子と人類学者の磯野真穂の往復書簡だ。磯野が人類学者のインゴルドのラインと点の話を出しながら、点ではなくてラインを描くことが生きることだというようなことを述べていた。そして宮野は磯野の返事に、生きることはラインをひく運動をしている場だと返す。私はそれを、点とは時間がある一点で止まってしまうこと、ラインは時間が流れていることだというふうに理解した。宮野の言うようにラインを引くことが生きることなら、時間を止めないのが生きることだということだろう。

宮野は、選ぶには選択肢が必要で、それは言い換えたら不確定性や偶然を許容することだと言う。そして、選び、決めたその先で自分が生れてくる。つまり、選んだその先で生まれてくる自分を受け止めることが、生きることだという。さらに、その自己は自分一人で生み出すのではなく、そこで出会った他者を通じて生み出すものだと述べている。

タイムリープもので、人生のある時点に戻れば人生が分岐してうまくいくはずだという話があるが、それとは全然違う世界観だ。タイムリープものは正解があってそれをどう選ぶかという世界観でできていると思う。人生には正解と不正解があって、いかに正解を選ぶかで人生が決まるという世界観だから、その一点に戻ることが重要になるのだろう。一方宮野の世界観は全然違う。選ぶことは一要素に過ぎなくて、大事なのはそれをどう受け止めてそこで他者と出会いその他者を通じて自己を作っていることだ。選ぶことは要素に過ぎず、自己は一人では作れないという世界観だ。

先日読んだみきたいちろうの本の中で、トラウマとは時間の主権を奪われることだと書いてあった。その人の中でその一点で時間が止まって、過去のことや終わったことなのに、そこに止められているような感覚に陥るというのだ。時間を戻せばうまくいくはずだとか、何かを選んだことを後悔するとか、これは時間が止まっているということだと言える。つまり、自分の中ではずっと「あのとき」の続きを生きているということだ。だから宮野の言う、選んだあとの自分の人生を生きることができない。

時間が流れないと人は成長できないのは、選んだあとの変容を受け止められないからではないだろうか。どんどん時間を流して、つねに自分を「今、ここ」に置いておかないと、人は変わることができない。自分だけが止まった時間の中にいては、何かを選んだり新しい人と出会ったりしても、自分は「選ばなかった方の人生」の続きを生きているような感覚のままだから、ちぐはぐになってしまう。

後悔したままだと、本当は選ばなかった方の人生を生きていると思っているから、自分だけ時間が止まって、『ちいかわ』のセイレーンに捕まった人みたいに、冷たい海の底の檻の中にいて閉じ込められたような感覚になる。檻から出るには、時間を流さないといけなくて、それは選んだものを受け止めるということだ。そして、選ばなかった方の自分を本当に送るはずだった人生のように思わないことだ。

私自身、「あのとき別の選択をしていたら」と思うことが結構ある。けど、「生きるはずだった本当の人生」なんてなくて、それは「今、ここ」で生成され続けている。そのラインに乗ること、今いる人々と一緒にラインを描き続けること、それが時間を止めないということなのだろう。

@inuko
他人軸で生きてきた40代が自分軸を取り戻すための記録。