最近、ほぼ毎日、歩きながらアイコスを吸っている人=歩きアイコスを見かける。
見かけるたびに、まるで赤ちゃんがおしゃぶりを咥えているみたいだなあ、親指をしゃぶっているみたいだなあ、お母さんのおっぱいをチュウチュウ吸っているみたいだなあ、と思う。紙タバコでは特に思わないのだけれど、アイコスだとなんでかそう思ってしまう。
そんな歩きアイコスは、みんな、決まってどこか寂しそうだ。
「お母さんからの愛」みたいな、無償の愛、みたいな、他人から無条件に向けられる愛、みたいなものに飢えているのかな。欲しいのかな。なんにせよ切実に虚無顔だ。
けれど、目の前にいるのは「大人」であって、赤ちゃんではない。しかも、スーツ姿の、絵に描いたような、広辞苑で「大人」って引いたらこれですって載っていそうな、ザ・大人…
なんとも、すてきじゃない。
「赤ちゃんみたいなことをしている外見は大人」な生き物に、なんともいえないグロさを感じる。
「グロテスク=美しさ」の方程式には当てはまらない、面白みのないグロさだ。
せめて一服するときには、立ち止まって、スマホもしまって、ゆったり、空でも眺めながらボケーっとできたらいいねえと、思った。