2026年がきた。
元日は僕の実家で過ごすことが恒例。
なので遠路、実家まで。
実家まで来たんだ、誰か同級生に会うかもしれない、なんてことは僕にはない。
遠路から来たことを親が気を遣って基本家で休んでろという。
よほど用がない限り確かに出歩くこともないな。
それ以前に。
僕は小中学に良い思い出があまりないため縁というものを持たなかった。
大半の人は成人式の日にあったのが最後だと思う。
僕自身、ここでもう終わりだと思ってもいた。
不思議なことにその時はみんな大人になっていたから角が取れていて、縁を持とうと思えば持てたかもしれない。
けど、そうしなかった。
みんなが許せなかったわけじゃない。
ある種、僕の禊のようなものもあったかもしれない。
今より色んなところで良くなかった僕への。
僕は僕が許せなかったんだ。
みんなじゃない。
ただ、僕は縁を作るのも下手だったから、縁を持っていたとしても今の時代までそれを持ち越せる自信はなかったと思う。
そういう意味でもこれで良かったのかもしれない。
実家に帰ると毎年、そんなことを思う。
父は毎度、晩年のことを話す。
自分はもうあと何年生きているかわからないと。
今が元気でも、何があるかわからないものだ。
そうなると、僕と兄はどうなるのだろうか。
ある種、僕と兄を繋ぎ止めるものでもある父。
母は離縁しているから、繋ぎ止めるとまではいかない。
関係はあるけど。
母は僕と繋がりが強いから兄は僕に色々任せるという。
僕も母がいる場所に思い入れがあるからそれでも良いとは思う。
父が毎度そんな話をするたびに、いつかその時が来ると頭においてはいるが、なんだかやはら、少し、怖い。
当たり前だが、そういうものは何かが大きく変わってしまう。
色々とめんどくさい家庭事情もあるのだけど、僕はそんな両親を恨んではいない。
ウマが合わないところがあっても。
越年するたびに、世界は始まり、世界は終わっていく。
矛盾しているようだが、真理なんだよ。
歳を重ねると、その意味がわかり、重みも増していく。