妻が嵐を見届けに東京に行っている。
僕らは留守番のためお家で嵐の配信を観ていた。
長男は妻の影響で嵐を好きになっていた。
なので今日の配信の最後には号泣していた。
いつか訪れる、その時を経験する時が来たのだ。
永遠に続いていくものはそうそうない。
どんな形であれ、必ず終わりを迎えることになる。
解散、活動終了、逝去…
形は様々だが。
大人になってもそんなもの、割り切れないので子供にはさぞ衝撃が大きいかもしれないが、ひとつ、大人になるためのプロセスを今日踏んだ。
大人にとって、長いことファンをやっていたものの終わりをみるというのは、その目に焼き付け、見届ける。
分かっていても、割り切ろうとしても割り切れるもんじゃない。
でも、送り出してあげなきゃというもの。
僕もたくさん、そうやって見届けてきた人たちがいた。
余韻というものはあっても、悲しいことに世界はまた明日、何事もなく回り進んでいく。
それに少し虚しさも感じるが。
好きなものを永遠に自分のアイデンティティとして閉じ込めておく究極の形を見せられた気はする。
僕はそこまでファンとは言い難いが、同世代の
輝かしい姿を見るのはとても素敵だったよ。
お疲れ様。