自転車が指揮をふる 右に左に音楽が鳴る

I2K文庫
·

小澤征爾が亡くなった。たまたま先日松本に赴き、まつもと市民芸術館を訪れたら献花台があったので、献花をしてきた。わたしは特別音楽一家に生まれたわけでも、そういう造詣が深いわけでもないけれど、ご近所だったので、なんとなく、近所のよしみ的な思い入れがある。

わたしの家の前の通りを、自転車に乗る小澤征爾が通過した光景をよく覚えている。「通過した」という言葉では趣きが足りない。白線を中心に、右に左に、うねうねと、ふらふらと自転車を漕いでいた。その瞬間にわたしは「音楽が何たるか」「指揮が何たるか」のすべてを理解した。ような気がした。若い青葉のなかを、小気味よく、風と戯れながら自転車を漕ぐ、という豊かさそのものが音楽だった。

「世界の」を枕詞にもつその人の身体のなかにあるリズムは、オーケストラホールだけではなくなんでもないありきたりの日々の生活のなかにも刻まれているのだ、と知り、子どもながらに(本物だ......)と思ったのだった。

---

そういえば最近『戦場のピアニスト』の4Kリマスターを劇場で観たけれど、ピアニストもずっとずっと頭の中に流れる音楽があったのだろうな、と思ったのだった。どんなに過酷な状況下でも、音として鳴っていなくても、その人にだけは聴こえる。自分の身体の内側は、誰にも何にも邪魔されない。

@itk
懲りずに日記 体裁を整えることより大事なことがある