英語圏児童文学会理事会、絵本学会理事会、日本児童文学学会理事会の三団体による「パスチナ・ガザ問題に関する共同声明」を読みました。
【9月6日追記】ごく短いものなので、全文を引用します。
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2023年10月以降、軍隊による暴力的破壊が続くパレスチナ・ガザ地区では、外部からのライフラインも遮断され、多くの市民が水や食料の不足に窮乏し、砲撃を受けて命の危険にさらされています。戦争状態のなかで最も大きな被害を受けるのは無力な子どもたちであり、今も何十万もの子どもたちが家を追われ、危険にさらされています。
無辜の子どもたちへの身体的・心理的影響は甚大であり、子どものための文学・文化を研究する団体として、英語圏児童文学会・日本児童文学学会・絵本学会の各理事会は、この事態に強く抗議し、一刻も早い平和的解決を求めます。そして、ガザの人々への人道的救援、救命物資を求める声に賛同し、とりわけ子どもたちへの救済を強く求め、ここに共同声明を発表いたします。
2024年8月13日
英語圏児童文学会理事会(会長・川端有子)
絵本学会理事会(会長・水島尚喜)
日本児童文学学会理事会(会長・浅岡靖央)
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これを読んで感じたことを文章にして三団体に送りました。
その内容を公開します。
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はじめまして。糸川と申します。
「パレスチナ・ガザ問題に関する共同声明」を拝読しました。
このたびの共同声明の主旨であるところの「ガザの人々の被害への抗議」に賛同する者として、また、児童文学に育てられ、今でも児童文学を愛する一読者として、感じたことをお伝えしたく、メールをお送りしました。
なお、広く共有したい内容であるため、この文章は私の個人ブログでも公開します。
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様々な事情から、企業や団体としてイスラエルによる虐殺と民族浄化に対する意見を表明するのが非常に困難であることは、あらゆる業界の方から聞き及んでいます。今回も、三つの団体がひとつの声明を出すまでに並々ならぬご苦労があったことと存じます。まずはここまでのご尽力に、敬意と感謝をお伝えさせてください。
しかしながら、このたびの声明には大いに問題があるように思われます。
以下に詳細を記します。
1. 声明を出すのが、あまりにも遅すぎます。
イスラエルによるパレスチナ侵攻が本格化してから、今回の「パレスチナ・ガザ問題に関する共同声明」が出されるまでに、約10ヶ月を要しています。
「ロシアによるウクライナ侵攻に関する共同声明」が2022年4月7日付け(ロシアによるウクライナ侵攻が本格化した2022年2月24日から、約1ヶ月半後)で出されているのと比べても、遅すぎます。
2. 抗議の対象が不明確です。
「軍隊による暴力的破壊が続くパレスチナ・ガザ地区」とありますが、この軍隊はどこの国のものですか?
「強く抗議」するのであれば、まず主語を明確にして、誰に対する抗議なのかを明言する必要があるのではないでしょうか。
イスラエルに対しては、国際司法裁判所からジェノサイド回避のための仮保全命令が出されています。
国連人権理事会の調査委員会の報告書でも「ガザ地区で食料不足を引き起こし、戦争の手段として飢餓を用いたほか、民間人や民間施設を意図的に攻撃したり、強制的に住民を退避させたりしたことが、戦争犯罪にあたる」とされています。
名指しで批判するのに十分な根拠があります。
3. 2023年10月を起点に語るのは、典型的なシオニストの論法です。
「2023年10月以降、軍隊による暴力的破壊が続くパレスチナ・ガザ地区では〜」とありますが、イスラエルによるパレスチナの人々の蹂躙は1948年から続いています。2023年10月以前も、軍事攻撃・占領・入植・封鎖が行われており、”ハマスによる越境攻撃”は、その果てに起きたことです。
そうした背景にふれることなく2023年10月以降にのみ言及することは、シオニストのナラティブを強化することに繋がりかねません。
(10月7日にハマスによって行われた民間人の殺害と拉致は、いうまでもなく犯罪であり、法の裁きを受けるべきです)
4.「無辜」という表現には危うさがあります。
”無辜”を強調することは、「”無辜”でない子どもは殺されても良い」という解釈を生みます。
シオニストのいうところの「”テロリスト”や”テロリスト予備軍とみなされる子ども”は殺してもよい」に繋がりかねない表現です。
また、不法な占領下の人々には抵抗権があり、ここには武装抵抗もふくまれることが、国際法によって認められています。
”無辜”の強調は、この点を見えづらくしてしまうのではないかと懸念しています。
5. 声明のタイトルに「パレスチナ・ガザ問題」という表現を選ばれたのは何故ですか?
「ロシアによるウクライナ侵攻に関する共同声明」のときのように「イスラエルによるパレスチナ侵攻に関する共同声明」、あるいは「イスラエル問題に関する共同声明」、もしくはせめて「パレスチナ・イスラエル問題に関する共同声明」とされるべきだったのではないでしょうか。
6. 総じて、声明の扱いが軽すぎるように感じます。
私は9月5日に、神村朋佳さんによるXの投稿で、このたびの共同声明の存在を知りました。
https://x.com/kamimuratomoka/status/1831609698518495665
声明の日付は8月13日、英語圏児童文学会理事会と日本児童文学学会のサイトに更新のお知らせが出たのは8月30日。ここまでに2週間以上を要しているのは何故ですか?
「ロシアによるウクライナ侵攻に関する共同声明」の際は、声明の日付と同じ日にサイトに更新のお知らせが出ていたようですが、この差は何なのでしょうか。
また、9月6日午前7時現在、絵本学会のサイトには(少なくともわかりやすいところには)、この声明への言及が見当たりません。
さらに言えば、神村さん以外の方による発信が、少なくともXには見られないことにも違和感をおぼえています。
せっかくの声明が形だけのものになってしまわないよう、関係者のみなさんで周知にあたる必要があるのではないでしょうか。
以上です。
10ヶ月かかってようやく出された声明がこの内容であることに、率直に申し上げて、落胆しています。
ですが、ここまで曖昧にぼかした言葉でなければ、そもそも声明を出すことすらできなかったのかもしれません。
であれば、出されないよりは出されたほうが、ずっと良いです。
水面下でのご尽力を無駄にしないためにも、どうか、これで終わりにしないでください。
声明だけでは、言葉だけでは、足りません。
これを最初の一歩とし、虐殺と民族浄化を止めるための、具体的な行動をしてください。
たとえば、6月の終わりに、角野栄子さん原作「魔女の宅急便」が、マクドナルドとコラボレーションしました。
https://www.mcdonalds.co.jp/company/news/2024/0619a/
マクドナルドは、イスラエルのアパルトヘイト政策を終わらせるためにパレスチナの市民から呼びかけられたBDS運動の対象として、筆頭に上げられている企業です。
https://bdsjapanbulletin.wordpress.com/2024/01/27/つながる技術/
BDS対象企業とのコラボレーションは、現在進行形で行われている虐殺への加担であると同時に、作品と読者への加害行為でもあります。
今後二度と同じことが起こらないよう、児童文学界全体で問題意識を共有してください。
先日、出版社に勤務される方から、パレスチナに関する本を出版することの難しさについてお話を伺う機会がありました。
パレスチナはアメリカやヨーロッパと比べると「遠い」、読者から「遠い」本は売れない、そう言われてしまって、企画が通らないのだそうです。
売れない本は作れないという事情は、理解できます。
ですが、そうして「近くて売れる」本ばかりが生み出される状況が続けば、「遠さ」はいっこうに縮まらず、パレスチナの方々をはじめとする「遠い」人たちは、このさきもずっと声を奪われ続けることになります。
遠い場所を遠いままにしておいてよいのでしょうか。この距離を縮めることもまた、物語の担う役割のひとつなのではないでしょうか。それを果たすだけの力が、物語にはあるはずです。
また、この「遠さ」は、児童文学をふくむ物語とも無関係ではありません。
ホロコーストを題材にした映画は『アンネの日記』『シンドラーのリスト』『戦場のピアニスト』など多数あるけれどナクバにはそれがないことや、ハリウッド映画でホロコーストの先が描かれてこなかったことは、複数の専門家によって指摘されています。イスラエルがパレスチナで行っていることを世界が許容し続けているのは、長年にわたる偏ったナラティブの積み重ねの末に、それがまかり通る状況ができあがってしまったからだとも言えるのではないでしょうか。
この状況は、フィクション・ノンフィクションを問わず、「語り」に関わるすべての人が、受け手もふくめた全員で作ってきてしまったものです。全員で解体してゆく必要があります。
私は一読者の立場から、できることをします。より大きな力を持つ方々には、より大きな役割を果たしていただきたいです。
英語圏児童文学会理事会、絵本学会理事会、日本児童文学学会理事会が団体として、また会員の皆様がそれぞれの場所で、お持ちの力を尽くされることを願っています。
糸川乃衣