夏で気分を変えたくなったからアイコンを変えてみた。夏が終わったら戻すかさらに変えるかも。
17:53
雨が強くて、今日はなんかどうでもよくなったので、昔あったことについて書く。
わたしが高校生のとき、学校に遅刻していった日があった。最寄りの駅の改札から出て、エレベーターに乗りたかった。改札から出た場所は、エレベーター以外に出る手段がないところだった。降りてすぐにエレベーターに乗ろうとしたら、前に立っていた巨漢の中年男性が入口のところで両手を広げていて、誰もいれないようにしていた。
そのときのわたしはイヤホンをつけていて、その男性が何を喋っているとかに気が付かず、単に急がないとな~と思っていた。男性が通せんぼをしているのに気づいたのは30秒もしないくらいだった。何かを喋っている様子だったので、イヤホンを外してそれを聞こうとしたら、その男性はずっと大きな声で「乗ってくんな!! ブス!!」と叫んでいるようだった。
それに気づいて、その男性と同じエレベーターには乗れなかった。乗らなかったし、乗せてくれなかった。一度エレベーターが上がってきて、もう一度下がってきてから、わたしは「もしも降りてから、あの人が待ち伏せしてたらどうしよう」とか、「殴られたらどうしよう」とか、「追い回されたらどうしよう」というものばかり考えていた。結局男性はいなくて、わたしは無事に高校に行けた。
そのあと、学校についてから、親しい先生とかに「どうして遅れてきたの? なんかあった?」みたいなことを言われたのか、自分で「聞いてくださいよ~」と言って話したのかは覚えていないが、見知らぬ男性に突然怒鳴られて怖かった、という話をした。重くなりすぎてもいけないかな、と思って、「さっきエレベーター乗ろうとしたら、知らない男の人に『乗ってくんなブス!』って怒鳴られたんですよ! めちゃくちゃ怖くないですか~!? てかこんなにかわいい女子高生捕まえてブスとか! 意味わかんない!」みたいな言い方をした。
親しい先生は、最初に「〇〇さんなら気強いんだし言い返してやればよかったのに! 何も言わなかったの?」と言ってきた。正直意味がわからなかった。
このとき一緒にいなかった別の友人には別の言い方をした。怖かったというのを全面に出して話してみた。その子が言ったのは「私だったらこうやってやり返してやるけどな~」だった。
家に帰ってきてから母親にこの話をした。先生にはこうやって言われて、友だちにはこうやって言われた、という話までした。母親は「お母さんのすごい顔のかわいい友だちはこうやってやってたよ」と言われた。
姉に、ここまでのすべての話をして、「どうしてまず最初に『大丈夫だった?』が出てこないわけ?」という話をした。姉は「お前の言い方が悪い。心配されたいなら心配される言い方をする必要がある」と言った。
この間の相談室で、「昔こういうことがあったんですよ」と話した。そのときも、「それは言い方も悪いし、気が強く見えてるからそうやって解釈されるのもしょうがないよ」と言われた。
ずっとずっと意味がわからない。わたしが軽い言い方をしたからといって、被害の重さは変わらないはずだ。わたしが殴られて頬を腫らしていたら対応が変わっていたのか? エレベーターから降りたときにその人が待ち伏せしていて、追い回されていたら対応が変わっていたのか? それでも私が「めっちゃ怖くないですか~? まあこんなにかわいいんだし追いかけたくなる気持ちもわかるけど~~」とか言ってたらそういうふうに、できもしない解決策を提示してきたり、私に成り代わった気分になって勧善懲悪みたいにして相手を懲らしめてやろうみたいなことを言ってくるのか? お前は私ではないのに? 心底理解ができない。
本人がどのような言い方をしていようが、それは扱い方の問題であって、重み自体は変わっていないはずだろう。軽く扱っているからと言って、イコールで話を聞いているその人も軽く扱っていいことにはならないんじゃないか?
そもそも、一番最初に私に対する情緒的な寄り添いが誰にも見られなかったのが意味がわからない。私がそう見えている性格と、実際に起こった出来事を結びつけて、「あなたなら大丈夫だと思った」ってなんなの? 当時17,8歳とかの、一人でいて遅刻しているから周りに似た背格好の人間もいない場所で、「言い返してやればよかったのに」が一番最初に出てくるのは、本当に何?
気持ち悪い。ずっと何もかも気持ち悪い。確かにわたしの言い方も悪かったかもしれないけど、そういうことが起きたときにどうしてわたしが言い方まで配慮しなくちゃいけない? 見知らぬ人に突然怒鳴られたときに身体がすくんで動けなくなった経験をしたことがある人はそのときどれだけいたんだろう。イヤホンを外したときに真っ先に自分に対する罵声が飛んできた経験がある人は、わたしに「こうやってやったらよかったのに」と言ってきた人たちにはあったんだろうか。あったんだとしても、言い方が悪い。私自身にお前を投影するんじゃなくて、お前の体験の話をしろよ。
思い出してもずっとずっと苛立ちが止まらないし、気持ち悪すぎる。私が悪いように言われるのも理解ができない。どういうことなの?
わたしが欲しかった言葉は、「しょうがないよ」でも、「こうやってやったらよかったのに!」でもなくて、まず最初に「大丈夫だった?」と言ってもらうことだった。わたしが1から10まで説明する必要があるのか? 「これから私はさっき起こった出来事を面白おかしく喋りますが、笑う前に私の心配をしてほしいです」という必要があるのか? どうしてわたしがそこまで丁寧にお膳立てする必要がある? コミュニケーションって探り合いなんじゃないの? 相手から丁寧にリザーブされるのを待つだけなのって、相手にコミュニケーションにおける労力をすべて払われせているだけの心地よい「何か」でしかなくないか?
こういうことを考えていると、「それはすごく正しいんだけど、そこまで考えられているひとはあまりいないとおもう」と言われる。だから何なんだ?
別に厳密さを求めているわけじゃない。起きた出来事に対して、そしてそれを経験した人に対して、一番最初にかけるべき言葉は心配であるべきだろう、という話をしている。話題の取り扱い方についてや相手に自分を投影して話すな、という話は、その後に来るもので、一番最初に「心配」がなかったことが気持ち悪いという話をずっとしている。理解ができない。
私がこういうことをこういうふうに考えているのをもっと見せたほうがいいと言われるけど、私が物事を考えるようになったきっかけまで話さなきゃ怖い。わたしは私の見せ方までコントロールしておきたい。わたしが与えた文章の行間を、私が考える言葉じゃないもので埋められるのが心底いや。だから行間までみっちり書いたものを、そこまで見せてもよいと感じた人には渡す。そうじゃない人には別にどう見られててもいいし、わたしが中途半端に与えた私についての文章の行間を変に埋められるくらいなら、どうでもいい人にはどうでもいい人に見せるための文章を渡せばよいと思っている。知らない人間に知った口を聞かれるのが一番嫌い。表面に出てきている私だけで私をはかろうとしている人間の愚かさが気持ち悪い。わたしも同じことをするから、自己嫌悪も多分に含むけど。
どうしてこんな簡単なこともわからないんだろう? 心底理解ができなくて気持ち悪い。わからないんだろう、というか、まず相手に気遣いの言葉が出てこないのは本当になんでなの? と思う。この経験があってから、家族に何か自分の不満を聞いてほしいときは、「これは私の不満を聞いてほしいだけで何か具体的な解決案とかが欲しいわけではないんですけど」という前置きを用意してから話すようにしている。気持ち悪い。誰にも話さなければこんなふうに私が先に配慮する必要もないのだと思うと、早く一人で生きていきたい気持ちがどんどん増してくるね。
21:53
ずっと風呂に入っていた。大体3時間くらい? 新記録だね。出る気になれなくて、ずっと風呂にいた。風呂にいたら何も考えなくていいと思っていたのに、入っているうちに何度か憂鬱が来て本当にだめだった。どこだったらなくなるんだろう。生きているなら消えないか。
月曜日にニュースを見てから、自分ではどうにもならないことを思い出してばかりだ。月曜日の日記に書いたようなことを思い出し続けている。
父が死んだときのことを反芻している。父が死ぬ前のことを反芻している。夏になると思い出す、というより、夏になって記憶が芋蔓式に蘇ってきた。はっきりとした輪郭を伴って、強く私を揺さぶる。
父の出棺の前、父方の祖母に「最後だから」と棺桶を開けて横たわっている父の頬に触れた。父は眠っているみたいな健やかな顔をしていたのに、頬の冷たさは生きている人間のそれではなかった。父の火葬のあと、父の喉仏を最後に骨壺に入れた。骨壺に収まった父は小さくて、私が運べるほどだった。骨壺はほのかに温かくて、それがすごく嫌だった。雨になると思い出す。
早くこんなもの捨ててしまいたい。捨てられない。どうして私ってずっとこうなんだ。
本当に憂鬱が止まらない。死んでしまった父から、もう得られない愛情をずっと欲しがっている。わたしが最後に父からもらった言葉は、「お前はお父さんに何もしてくれませんでしたね」だった。父は私に何をしてくれたんだろう。
思い出すたびに憂鬱が止まらなくなる。わたしってずっとこうなんだろうな。
育ちが良い人間が羨ましい。何かを言い訳にしてこれた人間が羨ましい。嫉妬も羨望も止まらない。わたしが得られなかったものを当たり前のように持っている人間に、浅ましい嫉妬を覚える。わたしはそれになれないから。生きている間に得られることはない。
いつだったか忘れたが、大学に入ってから、大学の友人に何かしらの話をしたときに「でもいまやれるならやればよくない?」ということを言われた。確かわたしが、「昔こういうのがやりたくてさ~」みたいなのを雑談の一貫でしたんだと思う。大学生のわたしがそれを得ても、幼い頃にほしかったその気持ちが報われるわけじゃない。過去のわたしと現在のわたしはイコールではないから。わたしもわたしだが、それを言われたときに、この「過去のわたしと今のわたしはイコールではないから、今のわたしが満たされても、幼い頃の気持ちが報われるわけじゃない」と言った気がする。そのときになんとなく、相手にわたしの本意が伝わっていないのが伝わってきて、「あー」と思った。それ以上に言い表す言葉をわたしは持っていない。
月曜日の日記にも書いていたけど、もう半分凍結したsdカードに、父の撮ったわたしやそのほか家族の写真が入っているフォルダがある。死んだ父から愛情がほしいと書いた。父が最後に私宛に残した言葉は、わたしへの強い拒絶の言葉で、わたしはそれにずっと囚われている。だが、父の撮った写真に写る〇〇ちゃんはかわいくて、それはきっとカメラマンがその子のことを好きだったからだし、愛していたからなんじゃないか。その子もカメラマンをきっと無邪気に好きだったんじゃないか。それを知る術はもうどこにもないけど。なんかもうどうしようもない。早くすべてを終えてしまいたい。どうしてわたしはまだ生きているんだろう。ずっとそれが止まらない。
風呂に入っている間、しずインに上げていた過去の日記をちらほら読み返していた。それを見てても、憂鬱は止まらなかったし、先々の予定が決まっていても憂鬱は止まらない。いままでは静かに耐えているか、どうにかしていたら終わっていたはずなのに、いままで使えた手段が使えなくなってきている。変わり続けている。あ~あ。
風呂場で聞きながら泣いていた。それでも生きていくしかないみたいだね。