ルーク・サリバンはザルである。
酔い潰れた数多の犠牲者を出しつつも、飲み屋の大テーブルに集まったBSSスタッフらはやっとのことで本件の核心の欠片を突こうとしていた。
「つまり、お前と付き合ってるとジェイミーが幸せになれないから別れたってことか?」
「ん」
「お前なあ、そういうのは一人で判断するようなことじゃないだろ!」
まだ口の回る余裕がある人員が頑張って説教をかますものの、ルークは小首を傾げるだけで大して響いたという様子もない。
「俺と付き合っててあいつは幸せだって?」
「普通そうだろ!恋人なんだぞ!」
「マジで言ってんの?」
少しだけ酔いが回っているような薄く染まった頬は、ルークのかんばせをいつもより少し幼く、より可愛らしく見せた。何杯目かも分からないジョッキをごとりと置き、指を一本ずつ立てていく。
「おはようとおやすみのメッセージは絶対。一時間に最低でも一回は既読と返信。GPSはいつもオンで、会えないときは昼も夜も通話。すぐ病んで面倒くさくて」
「ちょ、ちょっと待てって」
「で?ジェイミーが俺と別れられて超ハッピーだって?」
「お前な~~~」
大概頭の回らなくなっていた戦士たちは、でもこれがもしも自分だったら……と考えると何も言えなくなり、反論がぱたりと止んでいく。
「でも、お前ら上手くいってただろ」
「そんなの分かんねーじゃんか。無理させてたかも」
「そういうの本人にちゃんと聞かねえとさ」
「なんにせよ、俺よりもっといい相手は沢山いるだろ」
ルークは空になったグラスを揺らして店員を呼ぶと、まだ飲んだことのない酒を新しく注文する。少しだけ思考がぼやけていて、気持ちがいい。数少ない潰れていない同僚のなか、真隣の席の男がチラチラ自分の顔を見ているのに気がついていた。ばちりと視線が合ったときビクついた手を、ルークはテーブルの上で絡めとる。
「……で、お前今フリーなんだっけ?」
「え」
「さびしくなくなることしようぜ」
指と指の間に自分の指を入れて離れなくして、引き寄せたものに頬をくっつける。ちょっと甘ったるい声を出して、細めた目で相手を見上げてやるのだ。
「ウワーーーーーッッッ!!!!!!ちょ、誰か!!!」
「アイツあぶねえぞ!!捕まえとけ!!!」
「なんでだよぉ」
羽交い締めにされた状態で店員から新しいグラスを受け取り、一気に煽る。冷たくて気持ちがいい。あれ、これの味。
「まーた迷惑かけてるって?」
大好きな声が聞こえて顔が綻んだ。ぱっと振り返れば、ジェイミーはいつもよりちょっと遠いところに立っている。手を伸ばしても届かない距離だ。ふんわりした頭で、ルークはそれを不満に思った。
「やっと来てくれた!コイツ引き取ってくれ!」
「ったく……朝聞いてただろ?もう無関係だって」
「どうせいつもの喧嘩だろ!」
「家で仲直りしてこいよ!」
「……別れるって言われたのは初めてだよ」
真剣な顔で重い声を漏らしたジェイミーに、周囲も段々と大人しくなる。
「こいつに迷惑かけたくねえんだ。帰っていいか」
そう言うとジェイミーはもう行ってしまいそうだった。なんかごちゃごちゃ話してたけど、俺を置いてくなんてはじめてだ。別れたから?いやだな。一緒に帰りたいな。それくらいいいだろ?寂しくて名前を呼んだ。すぐに止まって振り返ってくれた。すきだ。これは言っちゃダメなやつ。
「これ、おいしかった」
「……そうか」
「飲んでみ?」
グラスの底にたまったやつをロックアイスと一緒にカラカラ振る。ふわりと香る桃のにおい。ジェイミーのにおい。すきだ。数秒固まっていたジェイミーは、目をさまよわせてからこっちへ歩いてくる。腕を伸ばして、俺からぱっと受け取ったグラスをあおった。
「好きだろ、この味」
「ああ」
「はは、すみません!コレおかわり」
「な、」
「まだ帰るなよ」
口をとがらせてわがままを言う。ジェイミーは俺のこれに弱い。
……まだ弱いままかな?
「………一杯だけな」
えぇ。一緒に帰りたい。ちょっと考えて、これは甘ったれすぎてるなと思ったから言わなかった。
「そうそう!ったくコイツ、さっきも俺に手出そうとして、」
少し空気が冷えた感じがして、軽いくしゃみが出た。いつも通り腹を出した服のジェイミーは寒くないだろうか。ちょっと見てみたらすごくこわい顔をしていてびっくりする。テーブルのみんなも固まっている。
「家まで送ってく」
「ほんとか!」
「ああ。危なっかしいからな、お前」
嬉しくて、わかったと言って笑った。