「白紙の駅」

jasper
·
公開:2025/8/15

終電の発車ベルが鳴る少し前、僕は駅のベンチでページのないノートを開いていた。

紙は白く、触れるとほんの少しだけ冷たかった。

「まだ、書いてないんだ」

声がして顔を上げると、三ヶ月前に死んだはずの彼女が立っていた。

黒いコートの裾が風に揺れて、僕の知らない匂いがした。

「書かなかったんじゃない。書けなかったんだ」

そう言うと、彼女は笑いも泣きもしない顔で僕の隣に座った。

発車ベルが二回目を告げる。

その間、僕は何も書けなかった。

彼女がページを覗き込むたびに、そこから文字が零れていくような気がしたからだ。

気づけば、電車は行ってしまった。

ベンチの上には白紙のノートと、彼女の影だけが残っていた。

その影に触れると、やっぱり少しだけ冷たかった。