「白紙の駅」(続き)

jasper
·
公開:2025/8/15

翌朝、駅には誰もいなかった。

昨日の終電で見たはずの影も、黒いコートも、跡形もなく消えていた。

ただ、ベンチの上に置かれたノートだけが、昨日の冷たさをほんのり残している。

僕はページをめくる。

白紙のままだ。

それでも、昨日の彼女の声が、ページの隅からささやくように聞こえた気がした。

「書かなきゃ、忘れちゃうよ」

忘れる。

僕はすぐに思い出せなかった。

彼女がなぜ駅にいたのか、なぜ僕を呼んだのか。

でも、胸の奥に、痛みとも違う、ぽっかり空いた感覚が残っている。

次の夜、また駅に向かう。

線路沿いの街灯の下で、風がページをめくる音がする。

誰もいないはずのベンチに、昨日と同じ冷たさがある。

触れると、ページの隅に、かすかな文字が現れる。

「まだ、来てくれる?」

僕は答えられない。

ただ、ノートを抱えて夜風に立ち尽くす。

時間が止まったみたいに、ホームの灯りだけが、揺れていた。