次の日も駅に行くと、ベンチの上には昨日のノートが置かれていた。
でも、ページは少し変わっていた。
かすかな鉛筆の跡が、まるで昨日の風が吹き込んだように、文字を滲ませている。
「覚えてる?」
声はどこからともなく響いた。
振り向くと、昨日の彼女はいない。
ただ、ノートの隅に、ぼんやりと形だけ浮かぶ影。
僕はペンを手に取り、震える手で文字を書く。
「覚えてるよ」とだけ、書きつける。
すると文字がじんわり光って、消えかかった影に吸い込まれていくようだった。
時間が経つのを忘れ、駅のベンチで何時間も文字を書き続ける。
外の世界は日常のざわめきで満ちているのに、ここだけは静かで、昨日と同じ冷たい風が流れている。
ノートに書けば書くほど、彼女の声や笑顔の欠片が蘇る。
でも、手を伸ばしても、触れることはできない。
やがて夜が明け、駅に人影が増えてきた。
僕はノートを抱えて立ち上がる。
振り返ると、そこにはもう、誰もいない。
ただ、昨日と同じベンチに、白紙のページがひとつだけ残っていた。
「また、来るよ」
僕はそう心の中でつぶやく。
ノートを抱えたまま、街のざわめきの中に足を踏み出す。
白紙のページは、今日も静かに光を吸い込んでいた。