蜃気楼の不思議な住人
登場人物紹介
安楽座椅子(アンラクザ・イコ)
十九歳女性 大学二年 小説家志望 数週間前自動車と接触事故で右足を骨折、ギプスしている 学生寮「蜃気楼」の203号室に住んでいる
燻辺鰊(フスベ・ニシン)
十九歳女性 大学二年 オカルト研究サークル所属 幼少期にエイリアンアブダクション経験があり、それ以来妄想癖がある 安楽座と同じく「蜃気楼」に住んでいる 102号室
戸口睦(トグチ・ムツミ)
二十二歳女性 大学三年 同じく「蜃気楼」の住人 103号室
〇学生寮「蜃気楼」
春、桜は散って陽気も漂う四月の中頃
〇203号室
安楽座が窓辺で本を読んでいる
鍵の開く音
燻辺が入ってくる
燻辺「ちーっす」
安楽座「うわ!」
安楽座、ビクッとして本を取り落とす
燻辺「どったの?」
燻辺、靴をぬいであがる
安楽座、本をひろい足をさすりつつ
安楽座「痛たた……いや、鍵は?」
燻辺「合鍵つくっちゃった」
と言いながら燻辺は鍵をしまう
安楽座「なんてことを!」
燻辺「固いこといいなさんなって そんなことより大変だよ、イコちゃん」
燻辺はしゃべりながら廊下を歩いてリビングまでくる
安楽座「友達に勝手に合鍵作られているよりも大変なことが…?」
燻辺「地球は今まさに侵略されようとしているんだよ」
安楽座「私の部屋はもう侵略されたよ」
タイトルIN「冷凍ニシンと地底人」
燻辺「103号室の戸口さんってわかる?」
安楽座「もちろん 1つ上の先輩でしょ?」
燻辺「その戸口さんが夜な夜な男の人を部屋に連れ込んでいるらしいんだ この寮じゃ結構な噂になっているぜ」
安楽座、やや目線をそらして
安楽座「何かと思えばそんなこと 別にいいじゃない 寮の規則に男を連れ込むな、なんてないんだから」
燻辺「いやいやそれが毎回違う人らしいのさ」
安楽座「戸口先輩が性に奔放だってだけでしょ」
燻辺「いいやそうではないと思うね 何しろ夜は話し声おろか物音ひとつ聞こえないんだぜ」
ジトっとした目で見つめる安楽座
安楽座「……もしかして聞き耳立てていたの?」
〇回想・102号室・夜
燻辺(OFF)「だって夜中に男女が狭い部屋に二人きり、何も起きないはずないじゃないか! もー気になって気になって夜も、いや昼しか眠れないよ!」
燻辺、ふとん布団の中で目がギンギンにさえて寝られないでいる
安楽座(OFF)「ホント最低だね、君は」
〇203号室
燻辺「しかし一等わからないのは連れ込まれた男性が帰った形跡がないってことなのさ」
安楽座、すこし驚きつつ聞き返す
安楽座「なんでそんなことが?」
燻辺「まず一つには私の部屋の奥には戸口さんの部屋しかない だから廊下の音を聞いていれば大体の人の出入りは把握できる 昼間に戸口さんが出たっきりほかに音はしなかったよ」
安楽座「音が出ないようにひっそり出ていったんじゃ?」
燻辺「できるだろうけど理由はなんだい? 入るところはばっちり見られているんだぜ」
安楽座、あごに手をあてて少し考え込む
安楽座「ドアから出たとは限らないんじゃない? 例えばベランダとか」
燻辺「そこから下は見えるかい? 庭には砂利が敷かれているんだよ」
安楽座、窓の外を見る確かに庭は砂利がまんべんなく敷かれている
〇回想・庭
燻辺「足音ひとつ立てずに道路まで出るのは至難の業さ さっき実際やってみたけどとてもとても……」
ふつうに歩いたり、抜き足差し足をしたり、寝っ転がりをするが
どうしても音をだしてしまう燻辺
〇203号室
安楽座、向き直って
安楽座「まったく君の行動力の高さには脱帽するよ しかしさすがの君だって丸二日徹夜できたわけでもあるまい 二日後に帰ったんじゃないかい」
燻辺「そこなんだけどもう翌日には別の男の人を連れてきたんだ 男女三人狭い部屋の中だんまり何をやってたっていうんだ? ありえないことはないといってしまえばそこまでだけどどうにも奇妙なことがおきすぎているよ これは裏に何かあると私は見たね」
安楽座「……いいだろうここまできたら君の推理を聞こうじゃないか」
待っていましたと意気込みながら話し始める燻辺
燻辺「おそらく戸口さんは人間じゃない 宇宙人か怪獣かわからないけど人間に化けて夜な夜な若い男性を食べちゃってるのさ! いやそれだけじゃないその人たちの身分を乗っ取って人間社会に紛れ込む同胞たちを増やしているに違いない」
途中から興奮して立ち上がり宙を見つめながら話す燻辺
安楽座「たまに君のその想像力の飛躍がうらやましくなる時があるよ どうだい小説家でも目指してみたら」
燻辺「それは犯人が探偵にいうやつだよ!」
安楽座「しかしもし人間以外の何者かが、学生として潜伏するというのは果たして適当なのかな?」
燻辺「そりゃあ同じ年ごろくらいの男性の身分がいっぱい欲しかったんじゃないの」
安楽座「うん? 戸口さんの相手はどれも大体大学生くらいってこと?」
燻辺「うん 同じ学部の人もいたみたいだよ」
話を聞きながら何かを考えている安楽座の顔のアップ
燻辺(OFF)「私が考えるに地球人のあらゆるサンプルを集めるというタームはもう終わっていて実戦に備えて敵の主戦力と想定される男性を重点的に集めて、戦力を低下あるいは分析が目的かもしれない……(云云かんぬん早口で)」
燻辺「聞いてる? イコちゃん?」
安楽座「死体はどうしていたんだい?」
燻辺「え?」
安楽座「戸口先輩に化けているその怪物はまさか毎日人間一人骨まで丸ごと食べているのかい? 君の推論通りじゃなかったとしてもだ、どこかで出ていくタイミングがなければあの部屋に人が溢れかえってしまうことになる」
燻辺「そりゃ……ごみ捨てみたいに一ヶ月に数回まとめてどこかに運びだして……」
安楽座「それなら最初からこの寮に連れ込む必要なんてないじゃないか」
燻辺「わかった! 戸口先輩の部屋には地下への入り口があって地底人の大帝国があるんだよ、きっと」
安楽座「お次は地底人ときたか……付き合いきれないね しかしどちらにせよ君は連れ込まれた男性がどのような形であれ、いつ出て行ったかは確認できていないってことだ それと君は一番大事な問題を忘れているんじゃないかな」
安楽座は燻辺に対して手を差し出す
燻辺「へ?」
安楽座「合鍵を返すんだ」
燻辺「いいじゃないの、私とイコちゃんの仲じゃないか それにその足だと何かと困るでしょ 今度ご飯とか作りに来てあげる」
いたずらっぽく笑う燻辺
安楽座「何言ってんだ! アッ……、いてててて」
大声を上げたせいか、足を抑え痛がる安楽座
燻辺「ほら見なさい 無理は禁物禁物」
安楽座「冗談じゃないよまったく」
少し涙ぐんでいる安楽座
燻辺「あー待った待った悪かったって」
鍵を渡す燻辺
手にした鍵をもって固まる安楽座
そして何かをひらめいた顔をする
安楽座「鍵……?」
燻辺「……イコちゃん?」
安楽座「そうか」
燻辺「何かわかったんだね!?」
安楽座「いや……ニシンちゃん、戸口先輩の学科は覚えてる?」
燻辺「えーっと理学部だったことは覚えているけど……なんだったっけ?」
安楽座「私も覚えてない」
燻辺「え!」
安楽座「重要なことはだ 彼女は実験をするような学生だってことさ」
燻辺「じゃあ毎晩何かの実験のために男の人を? それこそ学校でやればいいんじゃない?」
安楽座「学校では何らかの理由でできなかったんじゃないかな 例えばそうだな……睡眠の実験をしていたとして、学校に泊まるのはそれなりに許可がいるだろう」
燻辺「それだからって女の子の家に……」
安楽座「その点の倫理観に関しちゃ戸口先輩も君にだけは言われたくないだろうけどね 彼女に何を研究していたか聞けば この謎も案外簡単に解けるかもしれないね」
燻辺あまり納得のいっていないような表情
燻辺「あーあやっぱりそんなもんかあ 幽霊の正体見たり枯れ尾花とは言うけどさあ」
安楽座「なんだいニシンちゃんらしくもない 枯れ尾花が幽霊ではなかったってだけで、幽霊の不在が証明されたわけでもないんだし」
燻辺「……とにかく枯れ尾花をちゃんと見てくるよ」
燻辺、たちあがる
安楽座「あんまり失礼な聞き方しちゃだめだからね」
しょんぼりと立ち去る燻辺
取り残される安楽座、まだ何か考えている
安楽座「……まさかね」
肩をすくめて読書に戻る安楽座
長めのF.O
〇夕日
〇103号室
ドアが開き燻辺と戸口が入ってくる
燻辺「お邪魔します……」
見たこともないような不思議な器機が少し雑然と置かれている
燻辺「へーなんだかすごいっすね マッドサイエンティストって感じの部屋で少し憧れます」
近くにある得体の知れないものを手にしようとする燻辺
戸口「あ、それは触っちゃだめ!」
燻辺「ヒッ……ごめんなさい」
びくっとたじろぐ燻辺
戸口「ふふ こっちこそごめんね でも知識もなく触っちゃうと危ないものもあるから 指なくなっちゃってもしらないよーん」
おどけるように話す戸口
燻辺「脅かさないでくださいよ…… そんな危ないものを研究してるんですか?」
戸口「それはただの工具みたいなものかな 私は人工冬眠の研究をしているんだ」
燻辺「人工冬眠……コールドスリープってやつですか?」
戸口「あはは そうともいうけどね 人工冬眠って言ったってなにも何十年も寝続けるためだけが目的じゃないんだ 医療搬送等の延命措置など多くの方面のためにも研究されているんだよ」
燻辺「へぇー」
突然肩を抱き寄せ燻辺の耳元でささやき声で話す戸口
戸口「どうだい興味があるならニシンちゃんも科学のための偉大な犠牲 いや奉仕活動として冬眠してみないかい? 起きられる保証はないけど……」
ゾクゾクと震え上がる燻辺
燻辺「えええ、エンリョしておきまーす!!」
あわてて逃げかえる燻辺
楽しそうに笑う戸口
燻辺が去るとドアのカギを閉め真顔に戻る
床下収納の扉が開きトカゲによく似た人型の怪獣が顔を出す
怪獣?「行ったか271号」
戸口?「ああ急ごしらえにしてはなかなかの出来栄えだな56号 少しヒヤヒヤしたが」
霧が晴れるように怪しい器具類が消えて何もない殺風景な部屋になる
56号「もう少し誘拐の頻度を下げねばな271号」
戸口が立っていた場所にはいつの間にか別の怪獣が立っている
271号「ああ、地上の人の勘は意外に鋭い」
二人の怪獣は床下に入っていく
つづく