創作用にBGM貯蔵庫を作る。けれど曲名メモだけでは実際に組み立てる時にその時に考えていたことを忘れてしまいます。であれば簡単な物語のイメージと一緒に置いておこうと思ったのがこの企画「J.K. Likes this background Music.」略してjklm。
jklmでは神BGMと一緒に私が聞きながら書いた短いシナリオを投下します。
神BGMを聞くもよし、シナリオを読むのもよし。あるいは神BGMを聞きながらシナリオを読むのもよし。
見えないところによいものは転がっているぞっつーことで。では本編行ってみよう。
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今回はKK氏による「猫猫ギャラクシー」。BGMの視聴及びDLは以下のURLからどうぞ。てくてくと歩く感じがめちょすこすぎる。
以下、J.K.執筆によるシナリオ。
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「いってきます」
既に家には誰もいない。
何も返ってこない玄関に挨拶を投げつけ、カギを閉める。
時刻は午前8時15分、始業まであと30分。のんびり歩いて10分前教室着。
万事ok、いつも通り。
早足のサラリーマンに抜かされながら、寒さでかじかむ手をポッケにつっこみてくてくと歩く。
11月下旬。
秋はない秋はないと言われ続けるほど、残暑が続く近年。
それでも吐く息は白くなり、街中でクリスマスソングが聞こえ始める。それくらいの秋。
天気予報によれば今日はいちだんと冷え込むそう。
しかし万事okだ。俺はカイロをポッケの中で握りしめる。
あったけぇ……。
「はぁ……」
意図はなく、ため息が漏れる。
寒空に溶ける白いモヤを眺めていると浮かんでくる勘案事項。
ああ、この時期が来ちまったんだな……。
半袖短パン。気持ち悪いほどの動悸。寒いのに激しい発汗。冷たい外気にさらされて悲鳴をあげる呼吸器、それに伴う頭痛。加えて後日の筋肉痛。
そう。今日は体育最大の難所、持久走の初日である。
クソ寒いのに半袖短パンになることを強制される持久走。運動部の声がやたら大きい持久走。遅いと周回遅れして辱めに合う持久走。
「I hate you I hate you 君に抜かれて だんだん開けるその距離に ヘビーローテンション」
……古いか。それに。
「うっわ、シズク最悪。何その替え歌。体育のこと思い出させんな」
ドジト目でこちらを睨んで抗議するミアの姿が目に浮かぶ。
……ごめん。でもお前みたいな同類がいてくれると辱めに合わずに済むんだ。運動音痴なミアに感謝。合掌。
ふぅと一息。
朝からしょうもないことを考えているなと我ながら思う。
しかしそのくらいしないと乗り切れない。ひとりではどうしようもない苦難はあるのだ。
そして間違いなく俺にとっては持久走がそう。fuckin' 持久走。
クリーニング屋の横から伸びる細い路地へ入る。
小学生のころよく待ち合わせ場所にしたクリーニング屋、その横の細い路地を行くと大通りを通るよりも早く商店街に辿り着く。
地元民にしかわからない近道なのだ。
「お?」
地元民にしかわからない近道、その先に立っている女子高生。
肩下くらいの長さの黒髪ロング。俺と同学年であることを示す赤いリボン。ややオーバーサイズの紺色もこもこダッフルコート。
真冬かよ!と突っ込みたくなる上半身に反して、異常に短いスカート。タイツも何も存在しない、正真正銘の生足ハイソックス。
スカート膝上20cm。アタシ無双のsupercellもびっくりだよ。寒いだろそれ。
……こちらに気づいたようだ。
スマホから目を離しこちらに目を向けると、肩くらいの高さまで右手を持ち上げ小さく振る。
[ナツキ]「や。おはよ、シズク」
[シズク]「おはようナツキ。もしかして待ってた?」
[ナツキ]「そ。話し相手が欲しくて」
ふわふわした声音、けれどまっすぐな口調。10年前からずっと変わらないナツキの振る舞い。
寒そうに手をこすり合わせる動作以外は。
待ってるならLIMEで一言連絡よこせばいいのに。
[シズク]「ほれ」
ナツキめがけてぽいっとカイロを放る。
[ナツキ]「わ、突然投げんなし。……ん、けどその行動はポイント高め」
カイロをキャッチすると両の手のひらで握りしめ、にっこりと笑う。
[ナツキ]「ありがと」
[シズク]「……どういたしまして」
ちょっとだけ目線をそらす。
いつもいつも輝度5億、それがナツキの笑顔。
……虫眼鏡で見たら失明しちまうぜ。
[シズク]「さみーならタイツでも履いたらいいんじゃ?」
[ナツキ]「うーわ、超いつものシズクだ。……ちょ見てろし」
彼女はそう口にするとカイロをポッケにしまう。
俺の目の前でくるりと一回転。
スカートのすそを少しだけ持ち上げ、上目遣いで俺に笑いかける。
[ナツキ]「どう?」
[シズク]「どうって……。パンツみえそう?」
彼女の言いたいこと、俺がこの場で言うべきことはなんとなくわかっていた。
けれど、それを口にするのはためらわれた。事実のみを述べることとする。
[ナツキ]「ばーか。見えてもいいパンツ履いてるに決まってるじゃん」
ナツキが口角を上げて俺の顔をじっとりと見つめる。
[ナツキ]「シズク、わかってる顔してるよ」
[シズク]「……なんのことだか」
[ナツキ]「素直じゃないね、ネコみたい」
[シズク]「うっせ」
やめろ、察するな。ニヤニヤするな。おちょくるな。
[ナツキ]「というわけで、JKは生足なのだ。わかったかな子ネコちゃん?」
[シズク]「にゃん、参りました」
[ナツキ]「いい子。チュールあげちゃう」
[シズク]「ところで見えていいパンツって」
[ナツキ]「えっちなネコちゃんだ。チュールはおあずけかも」
[シズク]「にゃーん」
[ナツキ]「にひひ、ばーか」
長い黒髪をふわっとはためかせ、俺の横へ。
同時にポケットに手を突っ込み、二人で歩を進める。
……少しペースが落ちたかも。
けれど万事ok。何があってもいいように少し早めに出ているのだ。
……。
[シズク]「で、どした」
[ナツキ]「ん?何が?」
あれから1分くらい。
お互い言葉なくとことこと歩く。
足先を見つめ、足を放り出すようにして歩くナツキ。
別に気まずいわけではない。
ナツキがこんな感じの時は、たいてい自分から切り出しにくい話を必死に心の内で整理している時だ。
長い付き合いだからこそわかる。
普段のナツキなら昨日夜ごはんの味付けがどうとか、今通った車のナンバーがぞろ目だとか、そういうことを独り言のように口にする。
けれど今日はそういうこともなく、その足取りはとても重く見えた。
[シズク]「にゃーん」
話し相手欲しかったんだろ。
真剣な雰囲気を出すのも照れ臭かったが、切り出すのは俺だと思った。だから「話し相手欲しかったんだろ?」の意味を込めて、渾身のにゃん。
少しの間が空き、ナツキが口を開く。
[ナツキ]「そ、正解。よく覚えてんね」
[シズク]「通じるんすか」
[ナツキ]「うん。ネコになら話せるかも」
[シズク]「にゃーーん」
[ナツキ]「ふふ、ありがと」
ナツキは続ける。
[ナツキ]「あたし演劇部部長じゃん」
[シズク]「だな」
[ナツキ]「部員の仲、取り持たなきゃじゃん」
[シズク]「部長がそう思うならそうなんだろうな」
[ナツキ]「部の中で孤立してる子いてね。どうしたらいいかなって」
[シズク]「どうしたらいいって?」
[ナツキ]「わかんない。輪に入れてあげたほうがいいのかなとか」
そりゃその方がいいだろ。
……一考。
思ったことをすぐ言葉に出すようなまっすぐなナツキが、そんな当たり前のことで思い悩むはずがない。
であればもっと何か、難しい事情があるのかもしれない。
気づくとナツキが俺の顔を覗き込んでいた。
[ナツキ]「シズク。今何考えてる?」
……コンマ数秒の沈黙、それをナツキは見逃してくれない。
[シズク]「……別に。ナツキはどんな理由で悩んでるのかなって」
[ナツキ]「理由?」
[シズク]「だって、いつものお前なら考えるまでもなく動くでしょそれ」
[ナツキ]「……ふふ、そうかも」
ふぅっとナツキが息を吐く。白いモヤが顔の前で滞留する。
その横顔を見ているとナツキが薄くメイクしていることに気づく。
……あのナツキがメイクねぇ。
[ナツキ]「シズクってさ、嫌いな人いる?」
[シズク]「いる。多分人より多い」
[ナツキ]「え、意外。学級委員とかで色んな人と仲良くしてるからそんなのいないと思ってた」
[シズク]「そりゃ違う。仲良くしてるんじゃなくてうまくやってる」
[ナツキ]「……疲れない?」
[シズク]「疲れる。常に癒しを求めてる」
[ナツキ]「……すごいなぁって」
そこで言葉が途切れる。
ナツキの言いたいことの大枠はなんとなくわかったような気がする。
けれどナツキがそれをどう思ってるかはまだよくわからない。
[シズク]「つまり、部内で孤立している人が嫌いなんだな」
[ナツキ]「わ、察しのいいネコちゃんだ。せーかい」
ナツキはまだ足元に目線を落としたまま。
そしてまたも沈黙。
……この沈黙を破るのは俺であるべきではない。そんな気がして、詰まった息をふぅっと吐き出した。
ナツキが顔を上げ天を仰ぎながら口を開く。
[ナツキ]「あたし、最近自分が嫌になるんだよね」
[シズク]「自分が?」
[ナツキ]「そ。きっといい人なのになんであたしはこの人のこと嫌いなんだろうって」
[ナツキ]「きっとあたしが悪いとこばっかり見てるんだろうなって」
[ナツキ]「……中学まではそんなことなかったのになぁって」
[シズク]「……人の悪いとこばっか見て、勝手に嫌いになる自分が嫌になるのか」
[ナツキ]「……そ。嫌な人だね、あたしってさ」
ふふっと自嘲する。
そんなことない。
そう口にするのは簡単だ。
……簡単だがそうしたくはなかった。ナツキがそうしたように俺も足先に目を落とす。
心なしか足取りが早くなった気がしたので、俺は意図してゆっくりと歩いた。
……ナツキはどうやら俺に合わせてくれたみたいだ。
[シズク]「にゃーん」
[ナツキ]「……ん、なんだろ。難しいネコ語はわからないや」
[シズク]「チュールくれない人間は嫌いニャ、だってさ」
[ナツキ]「ニャ?」
[シズク]「ニャ」
[ナツキ]「ふふ、そっか。じゃあさ、チュールくれる人間は好き?」
[シズク]「知らんニャ。チュールくれても嫌いなものは嫌いニャ」
[シズク]「でも好きな人間はチュールくれなくても好きニャ」
ナツキの表情がさらに曇ったような気がする。
ナツキを追い詰めてしまったかも。
いや。
……俺はネコだから人間のことはよくわからないニャ。
[ナツキ]「……嫌な人間でも?」
[シズク]「知らんニャ。その人間を好きなのは俺ニャ。嫌かどうかお前が決めんニャ」
そういうと俺は不自然なくらいぷいっとそっぽを向く。わざとらしく、わかりやすく。あるいはネコっぽく。いやネコ飼ってないからよく知らんけど。
彼女は俺の横顔を少しだけ見つめ、ふふと柔らかく微笑んだ。
[ナツキ]「『決めんニャ』だって。ネコさんかわいいね、録音しとけばよかった」
[シズク]「ちょまて、録音してないだろうな?」
[ナツキ]「や、してない。これホント」
ふいにナツキが体を前に倒し、下から俺の顔を覗き込む。
俺がちらっと視線を向けると目を軽く瞑り、口を開いた。
[ナツキ]「もし、あたしが2年からは学級委員辞めて演劇部入ってって言ったらどうする?」
[シズク]「どうした急に」
[ナツキ]「シズクにピッタリの役があってね」
[シズク]「……ネコ?」
ナツキがにひひといたずらっぽく笑う。
おお、いつものナツキだ。
[ナツキ]「そ、せーかい。優しいネコさんにまた会いたいなって」
[シズク]「ネコは自由なんだ」
[ナツキ]「そっか、残念」
[シズク]「けどまた気が向いたら来るかもな。この辺に住んでるみたいだし」
[ナツキ]「わ、確かに。同じ学校に通ってるみたいだしね?」
ふたりで空を眺めながらにひひと笑う。
ナツキがふぅっと吐いた息が高い空に溶けていく。
10年前からずっと続く日常。その延長線上に戻ってきた、そんな気分。
悪くない。
……。
1分くらいの沈黙。
その後、ナツキが一歩前に出てくるりと回った。
[ナツキ]「ん、よし。決めた!」
腰に手を当て俺に人差し指を向けて宣言する。
[ナツキ]「明日どうなっているか乞うご期待」
ポーズだけは大人気ラノベのヒロインのよう。
[シズク]「なんじゃそりゃ」
[ナツキ]「明日どうなってるか、気になったでしょ」
涼宮ナツキの憂鬱とその顛末。
知りたい。
けれどネコはしらんぷり。
[シズク]「……別に」
……何を言っているのかわからないニャ。
[ナツキ]「あ、目そらした。シズクはほんとに素直じゃないね。超かわいい」
[シズク]「うっせ」
彼女は俺に背を向け前に向き直り、リュックを背負いなおす。
背を向けたままナツキが告げる。
[ナツキ]「……明日のこの時間、あの路地で女の子が凹んでたら慰めてあげて」
[シズク]「ネコさんにそう伝えておく」
[ナツキ]「多分チュールは持ってない」
[シズク]「学校行くのにチュール持って来られても困るな」
[ナツキ]「にひひ、そか。じゃね」
そういうと彼女は駆け出した。
学校はもうすぐそこ。
けれど「もうそこまで来てるんだから」と言葉をかけるのは野暮だろう。
頑張れ。
そう胸の内でつぶやいた。
小さくなっていく背中を眺めながらペースを戻していく。
時刻は始業10分前、教室まで推定5分。遅刻はなし。
万事ok、というわけではない。勘案事項は増えた。
けれどだいたいok。根拠はないけれどきっとうまくいくはずだ。
……ああ、でもひとつだけ。
[シズク]「……俺にもあれだけ走れる体力があったらなぁ」