気がつくと、今は亡き祖父母の家にいた。
居間には灯りがついており、廊下はだいぶ暗かった。直感的に夜なのだと思った。
「最近、不思議なことが起きるの」
そう誰かが言った。祖母か、母か、なんとなく女性の声だった気がする。
「見えない何かに強く引っ張られることがあるの。気をつけてね」
わたしは苦笑いをしながら心の中で怖いなぁ、なんて思いながら話を聞いていた。
すると、突然トイレに行きたくなってしまった。
祖父母の家のトイレは、長い廊下の先にある。灯りもろくにない、暗い廊下の先だ。
見えない何かに引っ張られる。そんな話を聞いた後だ、怖いに決まっている。
でも生理現象には敵わない。怖いと思いながらも、真っ暗な廊下を進むしかなかった。
わずかな灯りが、廊下の先を照らす。
トイレの隣は、大きな蔵と勝手口になっている。
祖父母の家は山の中にあり、外からの光は本当にとぼしかった。
だから、勝手口の窓から光が入ることはない。もちろん、蔵も真っ暗だ。
闇が滲み出てくる蔵たちを横目に、わたしはトイレに入る。
トイレの中はかなり狭い造りとなってる。洋式便座に腰掛けたら、目の前はもう扉だ。
天井の灯りに、壁のタイルが照らされる。
この狭い空間で、わたしは恐怖心を紛らわせるためか、なぜかアニメの雑誌?を持ってきていた。
たしか、キャラクターの設定や裏話を読んでいた気がする。
好きなアニメだったのだろう。これがかなり面白く、トイレの中で真剣に読んでいた。
一時の恐怖心が薄れていった。その時だった。
わたしの読んでいた雑誌が、引っ張られたのだ。
驚いた。だって、わたしの目の前は扉になっている。雑誌は扉に触れそうなほど、何も挟まる隙間などない。
でも、雑誌が何かに引っ張られている。見えない何かに。
全身の毛が逆立った。
これが、こいつが……!
一瞬、恐怖で手先の力が抜ける。
わずかに雑誌が扉に向かって進んだ。
その時だった。わたしの中で、僅かに火の粉が舞う。
なぜわたしが怖い思いをしないといけないのか?
楽しく雑誌を読んでいたのに、なぜそれを邪魔されないといけないのか?
せっかく面白い裏話を読んでいたのに……
「許せない」
わたしの中の火の粉が、確かな火柱に変わった。
「邪魔すんじゃねぇですわ!」
わたしは雑誌を引っ張り返した。
「今いいところでしたのに!邪魔してんじゃねぇですわよ!」
わたしは前屈みになり、上半身を目一杯使って雑誌を引っ張る。
わずかに雑誌がこちら側に戻ってくる。
しかし、見えない何かも負けじと引っ張り返してきた。
紙面がくしゃりと歪み、見えない何かの指先に沿ってへこむ。
その形は、間違いなく人の手だった。
やっぱり、幽霊とかそういう類のものだ。
でも、怖さよりも怒りが勝っていた。
「ぜってぇ負けねぇですわよ!絶対離しませんわよ!クソが!!」
更に前傾姿勢になる。額が目の前の扉につくほどに。
すると、ゆっくりと扉が開いていくのが見えた。
トイレに入ったとき、確かに鍵をかけたはずなのに。
でも、扉は軋む音を立てながらじんわりと開いていく。
このまま開けば、雑誌を引っ張っている何かが姿を表しそうだった。そう直感した。
いったい、見えない何かとは何者か。
恐怖心と探究心が入り混じる中、わたしは扉の先を見つめていると……
目が覚めた。スマホからアラームが鳴っている。
わたしは、カーテンの向こうから日がさす自室にいた。
今のは夢だったのか。
安心しながら、今の夢を振り返る。
見えない何かを怖いと思ったのは確かだが、それを上回ったのはアニメ雑誌を読むことを邪魔された怒りだったとは。
そう考えると、なんだか自分がバカバカしく思えた。
だって、怪異よりオタ活優先なんて。
心底オタク根性が根付いているらしかった。
「なんてわたしらしい夢なんでしょう」
わたしの趣味を邪魔するのなら、幽霊でも妖怪でもめっためたにしてあげます!
オタクなめんなよ!