本日休日。何もない日。
昨日まで撮影やら収録やら、アイドルという肩書きに追われていたのが嘘みたいな静かで穏やかな昼下がりを過ごしている。
今日は特にすることもなかったのでブックルームで本をゆっくりと読むことにした。
偶然にもセンパイ付きで。
「センパイさ、ブックルーム広いんだからもっとあっち行って読んでくれなイ?読書に集中できなイ」
「え〜いいじゃないですか、せっかく2人きりなんですから夏目くんの隣がいいです。それに読書を誘ってくれたのは夏目くんじゃないですか」
偶然……というのは嘘で。
読みたかった本をセンパイの部屋に取りに行ったついで、暇そうにしていたセンパイを仕方なく、仕方なく誘ったのが真実だ。
「本当は夏目くんだって俺と一緒が良かったから声をかけてくれたんでしょう?」
そういうセンパイはニコニコしていて腹が立つ……がきっかけは全部自分だったので言い返せなかった。
仕事ではもちろん同じ寮で生活していて、ほとんど毎日会っているのにも関わらず、それでも足りず会いたくなる“好きな人“とは不思議な存在だと思う。
今はそんな"センパイ"と一つのソファで肩を寄せ合ってゆったりとお互い読書に励んでいた。
「俺は夏目くんとゆっくり趣味に没頭できて嬉しいです」
音符でも付いていそうな語尾からどうしてこの男はどこまでも素直に言葉にするんだ、と恥ずかしくなる反面、羨ましくも思った。
今更ボクが素直になったところで「大丈夫ですか?」とか「熱でもあるんですか?」と声をかけられるのもわかっているので、今までの自分を少し恨む。
別に素直になりたいわけではないが、少しくらい甘えた仕草を見せれるようになりたいと思う(シンプルにツンデレと言われることがムカつくので)。
そうしてしばらくじっと見つめてしまっていたことに気付いたセンパイは、読んでいた本を閉じて更に距離を縮めて来た。
「ちょっト、なニ…」
「読書の邪魔をしようと思って」
「邪魔?」
「そうです、夏目くんと…いちゃいちゃしたくなってきたので…いたずらしちゃおうかなと」
「ハア?」
そう言うセンパイは伸ばした手でボクをすっぽりと包み込んで自分の方に引き寄せた。
「誰か来たらどうするつもリ…」
「大丈夫ですよ、俺が適当に理由つけます」
頼もしいのか頼もしくないのかよくわからないが、突き飛ばす理由もないのでセンパイの背中に腕を回した。
「おや、今日は素直さんですね」
「うるさイ」
返事を突っ返して抱きしめる力を強くすると「痛いですよ」と痛くなさそうな浮かれた声が返ってきたので無視した。
センパイの胸元にすっぽりとおさまっている。
とくとくとゆったりとした振動を感じるそこに顔を埋めて息を吸った。鼻腔から広がるセンパイの優しい匂いが落ち着く。
「くすぐったいですよ」
なんて言うセンパイだってボクの首元におでこをくっ付けてもぞもぞしてる。
「センパイだっテ、モジャモジャがくすぐったいんだけド」
少し顔を上げたセンパイはえへへと笑っている。
鼻と鼻の先っぽがくっつきそうなくらい近い距離で見つめ合っていて、ドキドキする。
本当に誰か来たり、見られてたらどうしようか。
適当な理由を考えようにも咄嗟に言葉が出るのか不安になる。
それくらい恋人モードのセンパイにときめいているのかもしれない。
考えている間もセンパイのイタズラは止まらない。
今度は顔中に柔らかい唇を当てられていた。
時々ちゅ、と音を立てて離れていく行為にヒヤヒヤする。
額や鼻先やされるがままに受け入れていたけれど、唇にそれを当ててこようとはしなかった。
降り注ぐキスが頬を掠めた時、ふと、イタズラの仕返しをしてやりたくなった。
「ねえ、センパイ」
「なんですか?」
センパイの声は思ったより甘くて柔らかかった。
「もういっかいほっぺにしテ」
おねだりというと恥ずかしいけれど、センパイにはしっかりと効いていたようで。「いいですよ」と躊躇うことなく頬に唇を近づけたので、その瞬間にセンパイの方へと振り向き近づいてきた唇に自分のを重ねてやった。
唇同士が触れたことにセンパイもびっくりしてる。自分が思わずしてやったり顔になるのがわかる。
唇はすぐに離れていったけれど、その分センパイの頬がさっきよりも赤くなっている。
「もう…びっくりしました。夏目くん、ずるいです…俺我慢してたんですよ」
「我慢って何、こんなとこでこんなことしテ、いまさら全部一緒でショ」
「そうですけど…唇ってやっぱり、特別じゃないですか」
「特別?」
「そうです。例えば…エッチな気持ちになっちゃうとか…」
こいつは何を言い出すのかと殴ってやろうと思ったけど密室、恋人と2人きり。じゃれ合いからのキスなんて条件、100%そうなってもおかしくない状況と気付いてしまい、思わずセンパイの鳩尾をえぐってしまった。