何者でなければならない。評価されないといけない。成長しないとならない。息苦しさは「成長」の概念の間違いから生まれます。しかし社会に余白が小さくなってそのことを伝える時間がなくなってしまいました。
成長しないと評価されない。達成できないという息苦しさが、成長を止めてしまいます。なぜなら挑戦する勇気を失うからです。勇気は数値化できません。人事評価に勇気はありません。しかしシゴトほど勇気が大事なものはありません。保守的な人には理解できないかもしれませんが挑戦しなければ未来は拓かれないからです
挑戦するには勇気が必要です。勇気とは蛮勇ではありません。勇気とはものおじせずに立ち向かう気力から生まれます ほとんどのヒトの成長の概念は平面的に考えられてます。そして理想と現実のギャップに悩みます。
いつの間にか「失敗」をしないように「失敗の恐怖」と戦うようになります。成長を前提とした失敗は悪だからです。この白と黒しかない世界観に間違いがあるのですが目先に夢中になってて気がつきません。
成長は螺旋階段のように行ったり来たり、円を描きながら上昇していくのですが円は楕円かもしれませんし、歪んだ円かもしれません。でも失敗の恐怖から自分の都合良い形を想像してしまうのです。こんな成長のはずだと。
恐怖を打ち消すのは俯瞰力や客観力と思われがちですが、最後は勇気や器の大きさです。もしくはバカ者・よそ者・若者と言われる無知から生まれます。知らない事が一歩踏み出す勇気に繋がるからです。
自戒を込めて思います。恐怖の突破とは得てして偶然のような人の繋がりや人智を超越したタイミングのようなものから生じる。
体験的な確信から言うと、戦争や大災害のような1人の人間では抗いきれない体験をした人には見える景色なのではないかと。
何を言ってるのかと思われるかもしれませんが、ほとんどの場合において言語化できないその先にある世界こそ求められてる事で、理想と現実の狭間を形にするのが人生で演ずる役割なのではと思ってます。
では