みきちゃんはゆうれいのような同級生だった。誰にでもひとなつこい彼女が快活に笑う声はのびやかで、時折見せる執着的な視線にはつねに人肌を求めるひと特有のねばついた怯えを潜ませていた。わたしにはそれが、一枚足りないお皿を求めて墓地を歩き回る幽霊のように見えていて、だから彼女がこわい。
みきちゃんは緩慢によく動いた。なんでもない日でも誕生日会のようにだれかの膝の上にのって、抱きしめて、頬を押し付けた。自分に空いた穴をひとの熱で満たそうとして、両手を突き出したゆうれいはふらふらとひとからひとへ乗り移る。いまは七月。日差しのつよさも、みきちゃんを成仏させることはできなかった。学校が始まったばかりの不安に満ちた私たちのほとんどは、彼女の愛嬌を拒まなかった。始業式以降、あっというまに水のように均一に広がった彼女を中心とする友好の輪は、今はまるでみきちゃんの心臓の血管でつながれたようになっていた。ただみきちゃんを恐れているだけのわたしも同じく、みきちゃんの心臓の一部となった。それで困ることはなかったけれど、たびたび不思議な欠乏がそれぞれを襲った。なんだか会話がうすぼけてはりが無いとき、みきちゃんはかならず現れてわたしたちひとりひとりに、むりやり触れた。みきちゃんは体温が高い。それは強引にわたしの肉体をわたしに記憶させた。ほかの人がどう感じていたのか、わたしには分からない。けれどみきちゃんが去ったあとの私たちは瞳がしゃっきりして、不思議ともたつかなかった。ひととおりわたしたちに触れたみきちゃんは目にふたたび怯え宿すと、改めた空気に馴染む前にふわふわと他へ移って、同じようにした。まるでわたしたちの不完全はみきちゃんのかたちをしているような、みきちゃんがそこへ収まると完成する、気味の悪い一体感があった。もしくは、もっとありふれたことで、わたしたちの退屈はみきちゃんひとりに満たされていた。みきちゃんが風邪で欠席した日、湿度の高い曇りの日のように時間のすすみが遅く、わたしたちは平凡な退屈をうちやぶる都合の良いみきちゃんを求めた。みきちゃんはわたしたちにとっておそらく必要な存在になった。みきちゃんをとりまくほとんどがみきちゃんを受け入れても、みきちゃんの怯えた目つきはなにひとつ変わらなかった。空いた穴を見つけては自分で埋めようとする癖も、穴に身を収めて怯えた目つきを一瞬やめることも。ひとところへ留まることのない、みきちゃんはいっそう激しくゆうれいじみた、一般的にかわいい女の子だった。
みきちゃんの体はあつかった。南国のように陽気であつく、なめらかな肌が私の痩せて複雑な輪郭を撫でまわした。つめたい、つめたいと言ってなんども撫でまわす掌がじっとりと汗ばみ、みきちゃんは笑いながらすがりついた。わたしから吸い取れるものはなにもないことを伝えたかったけれど、みきちゃんはおそらく満足そうにしていた。わたしはずっとみきちゃんがわからず、この先もしばらく知ることはないだろう。わたしの体を泳ぐみきちゃんには肩甲骨のかたちで人を見分ける特技と、耳の裏に髪で隠した小さな紫の角があった。みきちゃんを見下ろして彼女の髪を耳に掛けたときにだけ、その角は小さなイヤリングに見える。かわいいと言うと、みきちゃんは悲しそうに俯いて、「嬉しい」と言った。
うつくしかったよ、きみはうつしかった、灰色に伏せられたまなざしから零れ落ちる悲哀がうつくしかった、いろの深い希望といつくしみを抱きながら赤子の死骸をふみつけるきみはうつくしかった、どこまでもかけていく、駆けて、欠けていく君はうつくしかった、突風吹き抜けて運ぶ体にぼろぼろくずれおちる額に皺がより込んで笑みをつくるさまのあいらしさがうつくしかった、どこにもいない、どこへもとどかないきみがほそい雨の格子の中で響かせるまだらの歌声がうつくしかった、たたきつけるような歌がからだをもったとたん刺し刺しにつらぬかれ穴ぼこのきみのうたごえが届くさまがうつくしかった。
みきちゃんのまなざしは青かった。よそゆきのワンピースのよう、つまりそれはすはだかとかわらないのだった。