※映画のネタバレ要素がありますので観てない方は読まないほうがいいです。
この映画を観ていて色々な境界線があるなぁと思った。
人間と動物
父親と母親
親と子
街と森
もっと大きな枠組みで考えればみんな同じグループに属するんだけど…境界線を意識した瞬間に、自分はどちらに属しているのか、境界の向こうにいるのは自分とは違う存在だとか、そういう分類が始まる気がする。向こう側にいる人のことはわからない。わからない相手に対しては平気で傷つけたりできる。わざわざ憎んでなくても、「わからない」というだけで思考が停止してそういうことが平気でできるんだと思う。
この映画の表現で印象的なのは「目」だと思った。怯えていたり、憎んでいたり愛していたり途方に暮れていたり…種族や分類が違っても、目が語るのは同じ言語(?)のように感じた。
どこかには共通するものがあるのに、何かがあるのに、気づかなかったり目をつぶって。そういう事の悲しさが、まずこの世界にあるんだということを再認識した。
わからないことをわかろうとするのは簡単ではないと思うし、動物化した人達は人間よりずっと強くて簡単に相手を殺してしまえるから、怖いと思うのは当然だと思う。銃や刃物を持った人間が怖いのと同じで。動物化した人もまた、人間が怖いと思ってる。お互いに怯えて傷つけあってよくない連鎖が生まれてる…。
じゃあ…そういう中であなたたちはどうするんですか…っていうのを突きつけられているのはこの映画の中の人たちだし、今の世界に生きる自分たちなんだと思った。
セイウチみたいな人が暴れちゃった時、無惨にひっくり返されたテーブルとか、お皿とかそういう中で、同僚の女性がもっと違うやり方があったのに…。って言って、「歌を歌うとか」って小さく呟いたのも印象的だった。力でねじ伏せようとしてるような人達からしたらなんてバカなことをってなると思う。でも…セイウチみたいな人も歌が好きだったかもしれない。一緒に歌を歌えたのかもしれない。そんな可能性を彼女の言葉が見せてくれて…それをあの場面で呟く事の切なさが自分には深く刺さった。
この映画で好きなのが…フランソワがエミールを手放すところ。それが彼にとってどんな選択なのか。あんなに必死にラナを追いかけて…追いかけて…。彼女に会うのが怖いと思いながらも…ずっと探してたのに。息子に刃物を突きつけてまで、彼を人間社会に馴染ませようとしてたのに…。
字が書けなくて、混乱しながら涙を流すエミールとじっと見つめ合うところで、心を決めたんだろうと思う。車で笑いながら目を合わせるところ…最後に車の扉を開け放って、ただ黙って目を見る2人。全部台詞よりも雄弁で…涙が止まらなかった。
動物化した人たちを閉じ込めたり、切り刻んで手術をしても、人間の枠に無理やり当てはめているだけで…動物化した人たちが人間のために作られた街に馴染めないのは当たり前で…森の中では…彼らの世界である…動物界では…それぞれがそれぞれらしく生きていけるようだった。
エミールもそのように生きていくんだと思う。「生きろエミール」っていう台詞もよかった。
自分にはわからない感覚を持ってしまった相手を、わからなくても認めて、あんな状況の世の中で本当の意味で「生きて」と望む勇気とか意味とか愛とかそのあと来るであろう1人になる悲しさとか…でも…それでよかったと私も思った。面会に来てくれる?って諦めてたエミールを解放してくれてありがとうと思った。ありがとう…。いい映画だった。