晶♂とアーサーと本の話のかけら

 コンコンコン、と少しテンポの速いノックの音がした。

 何か急な用事だろうか。魔法舎の自室で読んでいた本を閉じたアーサーは、ノックに引っ張られるように、扉を開けた。

「アーサー!」

「賢者様」

 やってきたのは、晶だった。両手に本をしっかり持っている。

 その表紙に、アーサーは見覚えがあった。

「その本は、私が賢者様に差し上げたものですね」

 南の祝祭を執り行うため、数日の旅に出る晶のために、白紙の本を渡した。旅で感じたこと、見つけたもの、得られた知識。そして――楽しい思い出で彩られるように、と願いながら。

「はい。そうなんです」

 晶は嬉しそうにはにかんだ。

「実はさっき、最後のページを書き終えたんです」

「それはすごい!」

「はい! 俺も嬉しくなっちゃって、アーサーに見せたくてすぐ部屋に来ちゃいました」

 そこまで言ってから、晶はうかがうような視線をアーサーに向ける。

「あの、もし良ければ、一緒にこの本を見てくれませんか? この本をくれたアーサーに、俺が旅をしたところの思い出話をしたくくって……」

「もちろんです、賢者様。貴方が書いた世界でたった一つの本を、最初に読む栄誉をいただいて、私はとても嬉しいです」

 アーサーは笑顔で扉を大きく開き、晶を部屋へ招き入れる。

「幸い、今日は一日、魔法舎に入られます。なので、紅茶を入れて、ゆっくり貴方の思い出を聞かせてください」

 晶に贈った本は、それなりに分厚い。

 その白紙が全て埋まるほど、晶はこの世界を巡り、冒険をして、様々な体験を得ただろう。

 それらの話を聞くのは、きっとどんな冒険譚より心が弾み、気分が昂揚するに違いない。

 ソファに肩を並べて座り、晶がさっそく表紙を開く。

 次に一日時間が空いた時、今度は私から賢者様をお誘いしよう。新しい本を買いに。

 待ち受ける思い出話の数々を前にして、アーサーは気の早いことを考えながら、まずは南の祝祭に向かう道中の話に耳を傾けていった。

@kacyou_9m
ろくろをまわすように、淡々と好きなものを書き連ねたい。