晶はレノックスと一線を超えた。
肌に触れるレノックスの手つきは、とても優しかった。撫でられ、弄られながら、何度もこれは嫌ではないか、痛くはないか、気持ちいいかと尋ねられ、こちらが焦ったさを覚えてしまうほど。
まるで夢のようだった。
(でも……夢じゃないんだなあ……)
微睡から目を覚ました晶は、まず視界に飛び込んできた恋人の逞しい裸体に顔を赤らめる。背中は痛まないだろうか。深いところまで繋がった際、加減も知らずに爪を立て、引っ掻いてしまったから。
晶はゆっくりと起き上がった。
レノックスはまだ寝ている。彼は、賢者の魔法使いの中では上位に入る早起きだ。だから、こうして寝顔を見られるのはかなり珍しい。
(当たり前だけど……眼鏡外してる……)
晶は、眼鏡なしのレノックスの顔を初めて見た。鼻筋がすうっと通り、精悍さが際立っているように感じた。
レノックスの寝顔から目が離せないまま、晶の胸は感動に打ち震えている。レノックスが無防備に寝ているその姿を見れるのは、かなりの特権なのだ。
彼の恋人になれた、自分だけの。
晶はそっと、指の背でレノックスの頬を愛おしげに優しく撫でた。
「……晶様?」
レノックスはまつ毛を振るわせ、ゆっくりと瞼を上げた。
「すみません。起こしてしまって」
「構いません」
レノックスは微笑み、頬に触れたままでいた晶の手に、自分の手のひらを重ねる。
ゆっくり押し当てられた晶の手のひらに頬を擦り寄らせながら「晶様こそまだ寝ていなくて大丈夫ですか?」と気遣うように言った。
「はい。せっかくレノックスの寝顔が見られるのに、寝ちゃうのはもったいなくて」
「そんなに珍しいものではないですよ?」
「珍しいですよ! 眼鏡を外してるところは特に! ……少なくとも、昨日までの俺にとっては」
「……そう、ですね」
レノックスは晶から手を離し、身体を起こした。サイドテーブルに置いている眼鏡を手に取り、身につける。
「今みたいに誰かと一緒に力を抜いて眠るのは、とても久しぶりです。こんな姿、晶様にしか見せられせんね」
「是非、そうしてください」
真剣に晶は頷いた。レノックスに関して、独占欲の芽生えを感じてしまう。
「……はは」
「レノックス?」
小さく笑うレノックスに、晶は首を傾げた。
「すいません。今とても嬉しいと思ってしまいました」
レノックスの視線が晶へと注がれる。
「可愛らしい貴方の一面をこうして沢山知れるのは、俺だけの特権だな、と思いまして」
「か、可愛い……ですか?」
「はい。もちろん。俺をひとり占めしたい気持ちを隠さないところとか。俺の寝顔を見て嬉しがっているところですとか」
先ほど晶がしていたように、今度はレノックスが晶の頬に手をやった。
「思ってたより、手の力が強いところですとか」
「手……? あっ」
晶は先ほどレノックスに対して心配してたことを思い出す。
――背中は痛まないだろうか。深いところまで繋がった際、加減も知らずに爪を立て、引っ掻いてしまったから――
晶の顔は見る間に赤い林檎のようになってしまう。恥ずかしさから、つい俯いてしまった。
「す、すいません……痛かったでしょう?」
「いいえ」
レノックスが目を細めて答えた。
「貴方からの傷を、何を痛がることかあるでしょうか。これは俺だけの特権ですから、もっと与えてください」
頬に添えていた手にレノックスは力を入れて、晶の顔を上向けさせる。
レノックスは顔を近づけた。反射的に晶は目を閉じ、彼からのキスを受けとめる。求めるように口内へ侵入してきた舌もまた。
「……レノックスって、案外ムッツリですよね」
息を乱しながら、晶はレノックスの胸へしだれかかった。そう言えば数時間前も、もういいから挿れてほしいとねだっても、しつこく愛撫をされ続けていたばかりだった。
「すいません。貴方が嫌だと言うのなら……」
「そこまでは言ってません」
晶はレノックスを見上げ、軽く睨んだ。
「レノックスばかり狡いです。俺だって、俺だけの特権をもっと味わいたいです」
「貴方だけの特権?」
「貴方ともっと一緒に朝を迎えたいです。さっきみたいにひっつきあって眠りながら……」
レノックスからの返事はなかった。代わりにまた唇同士が触れ、お互いの温度が混ざる。
どちらからともなく抱きしめた。晶はレノックスの背中に手を回す。
もう少ししたら、また傷が増えてしまうけど、いいよね。俺だけの特権だって言っていたし。
そんなことを考えながら、晶の息は再び乱され、身体の熱は上がっていく。
淫らな熱を与えられるのもまた、特権の一つなのだ。そう思いながら、晶は甘く喘ぎ泣いた。