買い出しの途中、晶の足が、とある出店の前でぴたりと止まった。
狭い店舗の棚には布やら糸やら釦やらが、並べられている。
晶は店内のあっちこっちへ視線を世話しなく動かしている。その目は獲物を狙う狩人みたいに鋭い。
「賢者さんって手芸に興味あったんだ?」
「クロエに色々習ってるんです。結構楽しいですよ。黙々としちゃうから集中しちゃって。気づいたら日が暮れてたり」
「あ、だから最近、夕食に遅刻すんだな」
最近の謎が解けたネロは、腑に落ちた表情で頷いた。
「仕立て屋くんにも言いたいことだけど、きちんと飯は食ってくれよ? 好きなことに打ち込めるのは結構なことだが、寝食忘れるまでして倒れられたら、肝が冷えるし」
「あー……ははは、善処します。なるべく」
わかりました、ではなく、なるべく、と来たもんだ。これは夕食が出来上がったらすぐにリケとミチルを差し向けるべきだろう。子どもたちの純粋な眼差しと心配に晶も勝てるまい。
「……で、お目当てのものは見つかりそう?」
策を練りつつネロは晶に尋ねた。
「えっと、まだ……あっ」
晶の目が見開かれた。手を伸ばし、並べられていた色とりどりの毛糸をひとつ取る。
「ありました!」
晶は紺色の毛糸を、ネロの肩口に当てる。
「うん。やっぱりネロにあいそう」
「俺に?」
ネロは首を傾げた。
「え……? もしかして俺に何か作ってくれるの?」
「ネロさえ良ければ……」
晶は頬をほのかに赤らめる。
「ほら、最近風が冷たくなってきたでしょう? こうやって買い出しをするにもマフラーがあったらどうかな……って」
「賢者さん……」
「あ、でもまだ編み物は慣れてないし、ボロボロに……いや、全力を尽くしますし、クロエにも教えを乞いますし、下手なものは贈らないつもりです!」
捲し立てるように言いながら、晶は胸元で毛糸を抱きしめた。
「だから……あの、良ければ受け取ってくれますか……?」
「賢者さん……」
ああ、どうしよう。
なんか無茶苦茶賢者さんのこと、抱きしめてえ。
ネロの胸の中は晶への愛おしさがいっぱいになり、暴れている。
だけど、ここは市場の中。公衆の面前で考えを実行に移すほど、ネロの度胸は座っていない。
だけどせめて、とネロは晶への好意を隠さず微笑みかけた。
「出来がどうなっても受け取らせてよ。せっかく俺にあう色の毛糸使ってくれるんだし」
「は……はい! 完成したらネロに渡しますね、絶対」
受け取ってもらえる未来が確約し、晶は嬉しそうにはにかんだ。
賢者さんが夕食に遅刻してもいいか。後で俺が夜食持ってけばいい話だし。
先ほどまで考えていた、リケとミチルにお願い作戦をあっけなく取り下げる。そして毛糸を買う晶を横目で見ながら、すでにネロの心はマフラーで包まれたような暖かさに包まれていた。