僕は賢者に何か変なことを言っただろうか。最近、目を合わせないんだが、とファウスト様が言うので詳細を聞いてみれば、賢者様が本に文字を書き連ねていく様を眺め、こう言ったそうだ。
――君の書く文字を僕が読むことは出来ない。……だが、君らしく誠実で、素直で、とても綺麗だと思うよ――
「そう言うところですよ」
「どういうところだ!?」
ファウスト様が驚いているのが、まさにそういうところだと思う。自覚なしで、人の心を射止める言葉を容易く口にする。四百年前からそうだった。
素面で、至近距離で、伝えられた賢者様の顔はさぞ赤くなっていただろうな。照れくささに頬を赤らませながら、うつむく様が簡単に頭のなかで浮かんだ。
「だから、僕のどこがそういうところなんだ、教えてくれレノ」
不可解そうに首を捻るファウスト様に対して、さてどう説明したものか、とこちらも首を捻る。
「うーん……。ファウスト様だからでしょうか」
呪い屋をしていて、長く厭世的な日々を過ごしてきても、やはり貴方の生来の真っすぐさは隠しきれない。それに賢者様は貴方を尊敬している。だからこそ、自分が生み出したものを褒められたからこそ、賢者様は照れくさいのではないか。
そんなことを思いながら答えると、ファウスト様はこちらを軽く睨む。
「答えになってない」
「難しいですね……」
貴方は自分に向けられる肯定的な感情に気づきにくいから。
けれど、他者のいいところは小さなものでもきちんと見つけ、宝箱へそっとしまうように、丁寧にすくいあげてくれる。
そういうところも、四百年前から変わらないのだ。きっと。