不意に、ぱちりと目が覚めてしまった。
薄暗い部屋の床に、カーテン越しから月の光が窓の形で落ちてきている。まだ日が明けるには早い時間だった。
「……うーん」
瞼を閉じ、寝返りを打ちながら、眠気に意識が引っ張られる瞬間を待つ。だけど、逆に目は冴えていくばかりだ。
「駄目だ。眠れない……」
諦めたようにため息をついて、ベッドから降りた。
揃えておいていたスリッパに足を通し、のろのろと部屋を出る。
晶と同じ二階に部屋を持っている魔法使いたちは、皆、夢の世界を楽しんでいるのだろうか。つい澄ませた耳は、何の音も声も拾わない。
(部屋を出たものの……どうしよう)
悩んだ晶は、あたりを見回す。
と、突き当たりにあるアーチ状の出入り口から、灯りがさしていた。まるで、晶を誘うような暖かさと優しさを含んでいる。
晶の足が、灯りのほうへと向いた。
音を立てないように歩き、たどり着いた出入り口の端から、ひょいと向こう側を覗きこむ。
夜を楽しむような薄く柔らかに室内を灯す明かり。
ほんのりと酒精の香りが漂うなか、ラスティカの魔法だろうか、部屋の片隅に置かれていたチェンバロが、静かに落ち着いたメロディをひとりでに奏でている。
「――おや」
カウンターの向こうで、静かにパイプを燻らせていた店主が、深夜の来訪者を見つける。
「どうかなさいましたか、賢者様」
「シャイロック。くつろいでいるところ、すいません」
晶は恐縮で肩をすくめた。
「目が覚めて、眠れなくなってしまって……少しだけお邪魔してもいいですか?」
「つれない方。少しだけとは言わず、いつまでもいて頂いて構いませんよ」
シャイロックは目を細めて微笑んだ。
「貴方なら、深夜の訪問だろうと歓迎する賢者の魔法使いはたくさんいるでしょう。その中で、ここを選んでくださって光栄です」
「……なんだか落ち着くんです。シャイロックのバー」
照れくさそうにはにかみながら、バーに足を踏み入れた晶は、カウンターの席についた。
「お酒は得意ではないのが、申し訳なくなっちゃいます」
「お酒が飲めない方は、このような場所を避けますが……賢者様は好んで来てくださる。そこまでの魅力があると褒められたようで気分がいいですよ」
「ありがとうございます」
ただ眠れない。そんな他愛無い理由でも、快く迎え入れてくれるシャイロックに、晶は安心する。
「では、貴方のためにホットミルクにとっておきのシロップをお出ししましょう」
シャイロックはパイプの火を魔法で消した。
「私のバーでは、貴方を不安にはさせません。不安を打ち明けるでも、それを飲み込んだごくありふれた世間話でも、私は聞きましょう。どうぞ、ごゆるりとお過ごしください、賢者様」