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予後の悪さは中学受験がもたらしたのか

Kaito Sugimoto
·
公開:2025/3/8

最近、タイムラインで以下の投稿を見て、何となく考えていたことが言語化されていてウッとなった。

過去に所属していた/いるコミュニティをいくつか比較して考えると、中学受験経験者は、能力が高い割には非常に近視眼的だと思うことが時々ある。それは、日本社会というレールの上を駆けていく能力は高いが、そのレールが脱線しそうだから直している工事が行われているのには全く興味がない、というような趣きがある。

自分は、そのような人間たちに薄気味悪さを感じて距離を取りつつも、一方で、日本を良くしていこう、世界を良くしていこうといった感じの意識高い人達に交じることもできていない。つまり、中学受験勢にもアンチ中学受験勢にも交じることができなかったので、一番予後が悪いパターンである。

F欄大学生は無気力でサークルにも入らずぼーっとしているみたいなツイートを見たが、勉強を除けば正に大学生時代の自分だなと思う。そういう意味で、中学受験は無気力人間を更生する力があり、自分の母親がそれを子どもに与えたという選択の正しさが裏づけられる。

つまり、中学受験を経験したから自分が無気力になっているのか、それとも自分が無気力だから中学受験をさせられたかは非常にあいまいであり、これを最近、自分の中でのニワタマ問題と呼んで考察している。

昔、中学受験は子どもの精神構造に悪影響を与えるから、仮に自分に子どもができたとしてもやらせたくないんですよね、と知り合いのコンサル(その人も中学受験勢である)に言ったら、親が中学受験しているのに子どもに中学受験させる機会を与えないって倫理的にまずくない?という趣旨で返されて、何も言い返せなかった。つまり、カルマのようなものを負っているわけで、これも予後を悪くしているなと思う。