「気合と根性」は幻想なのか?

だりくない
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公開:2024/7/11

「気合と根性」

ただ暑苦しい部活の顧問に言われたら萎える言葉。話の通じない上司に言われたら腹が立つ言葉。スカしたガキ、まっすぐじゃない人間が一番嫌いな言葉。

それは努力を放棄した人間が発する言葉のように聞こえるし、話の通じない人間の言葉に聞こえる。実際にそういう人間が発することが多いようにも思える。

多分僕は嫌いだった。なぜならスカしたガキだったし、まっすぐじゃなかったし。

「理屈」と「情熱」

「気合と根性」を否定するとき、大体その敵は「理屈」だ。論理的に考えてやる意味無くない?頑張る意味無くない?もっと効率良い方法あるよね? みたいな感じ。

それは多分部分的に正解で、論理的に考えてやる意味無いと思うならそれはきっとやらなくて良い。頑張る意味無いって感じるならすぐにやめれば良い。もっと効率良い方法あるならやれば良い。そのクエスチョンマークが思い浮かぶ時点で、その場面/環境/人間 は単に程度が低い もしくは 自分が向かうべき対象ではない。

「理屈」と「情熱」は本当に敵なのか?じゃあやる意味あったら?頑張る意味あったら?最大限の効率を求めたら?その先にはどうやって行けるの?

「理屈」では到達できない世界

ある目標に対して、究極的に理詰めで考える人間は、最終的にめちゃくちゃに「気合と根性」を大事にする と思っている。「理屈」を真に追求している人間は、その限界を知っている。「理屈」で到達出来る世界と、「気合と根性」でしか到達できない世界の隔たりに気づいている。「論理」と「直感」に置き換えても良いかもしれない。

究極的に優秀なプランナー、究極的に優秀な戦術家の監督、究極的に優秀な発明家、彼らに「気合と根性」が無い訳が無い。そして、「気合と根性」が無い人間をかなりの確率で嫌うと思っている。

せいぜい理詰めで到達出来る世界には、まだまだ再現性がある。でも再現性の無い場所にたどり着きたかったら「気合と根性」が必要。「気合と根性」に再現性はない。属人的で狂気的。だからこそ誰も行けない場所へ連れて行ってくれる。誰も行けない場所へ行きたければ、「理屈」と「気合と根性」(≒情熱, 直感)は必ず共存するしさせなければならない。

まっすぐな人間ってかっこいいよね🤜

賢い感じになってしまったけど、普通に 『NARUTO』のナルトとか 『BLUE GIANT』の大とか 霜降りのせいや とか、まっすぐな人間ってまじでかっこいいし、絶対に止まらないし、気づいたら再現性の無い世界に到達しているよね。🤜🤜🤜


@kakeru
ある方の文章に感化されてはじめました。