好きだなあと気がついてから、ハートの結び目を渡して付き合うことになったけれど、私はビルダーの仕事、その人、チーホンはラボで研究といつも通りの日常だ。
しかも彼は滅多に外へ出ないので、会いたい時には私が研究所へ行く事になる。いや、別にいいのだけれど。
以前、飲食と睡眠を忘れて研究に没頭して、研究所で倒れていた事があった。それ以来、ビルダー業の合間を見つけては研究所へ食べ物と飲み物を運ぶようにしているのだが、飲食に頓着しない割に、好き嫌いが多い気がする。いや、好き嫌いというか・・・食わず嫌い?本当に研究しかしてこなかったのだろうなと思ってしまった。
今日は私の家で飼っているヤクメルから絞ったヤクメルミルクと、畑で採れた栗を使った、「牛乳と栗」というなんとも安直なネーミングのおやつを作ってみたのだけれど、はてさて彼は気に入ってくれるのだろうか。
「チーホン、持ってきた」
「ああ、ビルダー」
研究所の階段をあがって行くと、今日は頭上から声がかかった。段ボールがたくさん置かれた棚のところにいるのかな?
チーホンの元へ行くと、何やら考え事をしているのか、私をじっと見つめている。なんだ?
「甘い匂いがする」
「時間が遅くなったから、甘・・・」
言い終わる前に、チーホンが私の首辺りの匂いを嗅ぐように顔を近づけてきた。
「君からかと思ったが、料理の方か」
「な・・・わ・・・おおぅ・・・そうです、料理の方です・・・」
そんなことすると思わなかったから、不意打ちに動きが止まってしまった。バスケットを落とさなくてよかった。研究所の上にある生活エリアに向かおうとしない私を、チーホンは訝しげな表情で見ながら、私が持っているバスケットを持ってくれたので、一緒に上へあがって、ティーテーブルに乗ったエクスプレス・ティーメーカーを下ろし、そこへバスケットを置いてくれた。
そのティーメーカーは使っていないはずだけど、電源入ってたような気がするんだけどな?ドクターストップがかかったよね?・・・まあ、いいか。
なぜこんな大きなバスケットを持ってきたかと言うと、一緒に食べるからお鍋ごと持ってきているというのもあるけれど、自炊をしないチーホンの家には、キッチンだけでなく、調理器具はおろか、ナイフもフォークも無ければお皿もない。さすがにお茶を飲むからかコップは一応あるけど。
必要としないから置いておかないというのは、利に適っているけれど・・・何というか少し寂しくなるのは、私が誰かといるのが当たり前だったからだろうか。
「いつもの事だけど、器もスプーンもあるから大丈夫だよ」
「ああ、ありがとう」
カチャカチャと音を立てて、テーブルをセッティングする。鍋の中の牛乳と栗を持ってきた器へと注いでいく間に、チーホンがバスケットの中のコップを取って、お茶を入れてくれるのがいつものルーティンだ。毎日入れているからだろうけど、彼の入れるお茶はかなり美味しい。茶葉は同じものなのに、とても面白いなと思っている。
「はい、今日のメニューは、牛乳と栗だよ」
「それは食べたことがある・・・」
「お、そうなんだ。じゃあよかった。まだあるから遠慮なくどうぞ」
「ありがとう、ビルダー」
準備した食器を使って、チーホンが料理を口にする。それによって、私は少し安心することが出来る。また以前のように倒れるかもしれないと思うと、恋人として、これくらいの事はしたいと思うのだ。
「・・・・・・」
半分くらい食べただろうか。チーホンの動きが止まってしまった。
「お腹いっぱいになった?」
「いや、そうではない、これはブルームーンでも食べたことがある。でも、それとは明らかに味が違う」
「作ってる人が違うからだと思うけどねえ?」
「そうだろうか・・・ブルームーンのものよりかなりおいしい・・・」
そう言いながら再び料理を口に運び出した。唐突に褒められて、今度は私の動きが止まる番だ。
「え、あ、そう、それは嬉しいな・・・ワークショップの庭で飼ってるヤクメルと、畑で採れた栗を使ってるよ」
私の話を聞きながら、チーホンが鍋の料理をまたよそい始めた。お茶に砂糖は入れないみたいだけど、甘いものは好きなのだろうか。頭の栄養は糖分だと聞いたことがあるから、日々頭をフル回転させている彼にとっては、いい差し入れだったかもしれないな。
「そういえば、会いに行ったときにヤクメルの鳴き声がしていたな。畑の植物も順調に育っているようだった」
「うん、あれからヤクメルも大きくなってね。ミルクを毎日出してくれるよ。畑の木も大きくなったから収穫出来たんだ。そうだ、コーヒーティーの木も収穫できるようになったから、今度持ってくるよ」
「それは助かる・・・ああ、そうか。ビルダーが育てたものを使って、ビルダーが作っているからおいしいのか」
「・・・な・・・お・・・わあ・・・」
不意打ちの褒め言葉、二度あることは三度あるってこういうことなのかなーなんてちょっと頭が逃避している。今日だけで三回もこうなるとは思わなかった。
「大丈夫か、ビルダー?随分と顔が赤い・・・」
「あー、うん、大丈夫。だって、顔が赤くなる原因はチーホンだからね。好きな人と一緒にデートしてたらこうなるって」
「デート・・・なるほど、デートだからか。楽しい時は時間が早く過ぎると聞いたときは、ただの勘違いだと思っていた・・・」
「不思議だよね。時が流れていることすら忘れてしまうくらい、二人の世界に入り込んでしまうんだろうね・・・って本当にこんな時間だよ!」
窓から差し込む光がオレンジ色になっていることに気がついて、慌てて片付けを始める。残った料理は持ってきた器に入れて、研究所にある冷蔵庫へしまって後で食べてもらおう。
バスケットに鍋とスプーンと器をひとつ入れて、研修所の階段を降りる。
「次のリクエストはあったりする?」
「・・・・・・君が作ったものなら、何でも挑戦してみようと思えるから、何でもいい」
「わー、なん、なんなんだ、今日の貴方は・・・私の心臓が持ちませんけども」
「・・・最近、この関係をアップグレードさせることを考えているんだ。君との親密性を高める方法があると・・・見聞きしたことを実践してみたんだ」
「いやー、それは大成功なんだけどさ、それってさあ」
チーホンに手招きして屈んでもらう。そして、耳元で
「それって、私と結婚したいって意味?だとしたら、指輪を準備するまで待っていてくれる?」
そう囁いたら、今度はチーホンが真っ赤になる番だった。
終わり