新婚旅行を終えた次の日、ワークショップの前にローガンが来ていた。
「あ、もしかしてもう行く感じなのかな?」
「いや、ラリーに先行してもらっているから、まだ余裕はある」
そういえば、役場で会議をしたときに、これから行くところはローガンとその父親であるハウレットが見つけた遺跡で、そこへ行こうとしたら頭痛が起きて引き返したと言っていた。
そっちの方はギーグラーの本拠地ということで、ラリーが様子を見てきてくれると言ったけれど、彼は身内のゴタゴタに巻き込まれているらしく、先行させるのは不安があった。しかし、私たちに頭痛を引き起こす機械を止めてくるからと、崖崩れで塞がった道を登っていったという。
「大丈夫かな」
「痩せてはいるが、元々はギーグラーを率いていたリーダーだからな。実力はある筈だ。そこまで心配することもないだろう」
ラリーには奥さんがいた筈だ。ラリーのいとこが、その奥さんを人質・・・トカゲ質?にしたら、彼は抵抗することなく捕まるんじゃないだろうかと不安がよぎる。
崖崩れで塞がった道を切り開くためのミニドリルは完成しているから、すぐに行けるけれど、戦闘になる可能性もある。ニアとローガンには薬を準備すると伝え、先に行ってもらうことにした。
ワークショップのブレンダーで作った薬だけでなく、診療所でいくつか薬を買って、ポーチに詰める。その作業中にふと気がついた。戦闘になったら、指輪を落としてしまうかもしれない。音に気がつかずそのままそこを去ってしまったら、私は多分立ち直れない。二人を待たせることになるが、ひとつ作らないといけないものが出来た。
ワークショップに戻って、腰に付けられる香り袋を作る。防風布で袋を作り、ノーザン・プラトーで見つけたアンデッドの草を細かく切って、そこへ入れた。香り袋にはサッチェルもあるが、あれでは香りが甘すぎる。こちらの香りの方が、ペンに合っている気がする。それにアンデッドの草を調べたとき、枯れてもまた花が咲くと書いてあったから、私の彼に対する心模様のようで丁度いいのだ。
そしてこれは、二つの指輪を入れるための保護用袋だ。ベルトに通しておくことも出来るし、今持っているポーチにもこのまま入れておける。これなら失くさないだろう。
「よし・・・」
ニアとローガンを随分待たせてしまっている。バスで行くにもトンネルまでは行ってくれない。どうしようかと考えていたら、庭の門が開く音がした。
「ん?」
そっちを見たら、暗色と真っ白のヤギがいた。暗色の方は、ローガンのヤギ、ランボ。真っ白な子はアタラへ行ったハルが、私に託していったヤギのメルルだ。ハルも事情を理解していて、世話が出来るようになるまで、ローガンに世話を頼んだからと言ってくれた。
そんな二匹がどうして私のワークショップにいるんだろうか?
「こんなところまで来て、どうしたの?」
二匹の方に寄っていったら、とことこと二匹でヤクメルバスの駅まで歩いていく。私がついていかないとわかると、振り向いて脚を上げ下げして、まるでこっちに来いと言っているかのようだ。
もしかして、バスに乗った私についていくと言っているのだろうか?そういえば、二匹は列車についていけるほど速く走れるんだったっけ。列車ハイジャックの時、列車に居合わせた乗客がそんなこと言ってたな。
「バス、乗るからね?」
二匹に声をかけたら、元気よく鳴いてくれた。返事をしたかのようだ。でも、なんで二匹で来たのかな?
ヤクメルバスのスピードに負けない、というか二匹の方が確実に速かった。先について私を待っていた。
ザ・ベンドまで来たけれど、トンネルよりもっと向こうだとローガンは言っていた。だとすると、バス停からはかなり遠いなと考えていたら、メルルが私の服を引っ張ってきた。少ししゃがんで、まるで乗れと言っているようだ。世話もしたことないのに、私を主人と認めてくれているのだろうか。
「乗っていいの?」
メルルに話しかけたら、かわいい声で鳴いた。まだ躊躇っていたら、ランボが私の背中を頭で押してきた。乗れということか。
「ありがとう」
私がメルルに乗ると同時に、ランボが先に走り出し、続いてメルルも走り出した。迷わないように道案内しているみたいだ。二匹ともよく訓練されているなと感心しているうちに、ザ・の奥地へたどり着いた。
崖崩れが起きた入り口の前に、ニアとローガンが待っていた。
「あれ、ヤギだ。あんた飼ってたっけ?」
「今はローガンに預けてるよ。飼えるくらい元気になったら、こっちの白いメルルを引き取る予定。あっちはローガンのヤギだよ」
メルルから降りながらニアに軽く説明した。ランボはローガンに撫でてもらっている。
あれ、もしかして・・・
「ローガン、もしかしてランボになにか言ってあった?」
「ん?どうだろうな?このままここに待たせておこう。奥で何かあった時のためにも乗って帰れる足はあった方がいい」
二匹を日陰に待たせて、持ってきたミニドリルで崩れた岩石を砕く。やはりこの辺りの岩盤は硬い。フルパワーのミニドリルでも結構時間がかかった。やっと全てを砕き、道が開通した。
「どうやら、ラリーは先行して頭痛の元を除いているようだな・・・」
「そうだね、このまま進めそう」
「でもどこを探せばいいやら・・・」
ニアと私がキョロキョロしていると、すぐ近くの建物から聞き覚えのある声がした。
「あれ、今のはラリーかな?」
「姿も見えないし、その中に居るのかもしれないね。もう装置を見つけてくれてたりしないかな?」
「見つけてたら戻ってきてると思うけどな、いないからまだなんじゃない?」
「何かあったのかもしれない。入って確かめよう。万が一ということもある、武器はきちんと準備しておくんだ」
ニアがいると、どうしても気が緩んでしまう。それに、一緒にいるのはモンスターハンターと言われる程の実力者のローガンだ。彼がいれば何かあっても大丈夫な気もしている。とはいえ、ヤモリ駅ではかなりの苦戦を強いられたギーグラー一族だ。気を緩めたら多分勝てない。自分の得意武器である短剣をもう一度確かめて遺跡へ入った。
遺跡に入ってすぐに、シューシューというギーグラーが発する言語があちこちから聞こえる。その中に、サンドロック語が聞こえてきた。
「ゼナ!」
ゼナって、たしかラリーの奥さんの名前だ。
「ラリーが戻らなかったのはこれか・・・」
「人質になってたんだな。装置も大事だけど、ラリーももうサンドロックの一員だ。助けにいこう」
「さすがだね、あんたはもう立派なサンドロッカーだよ」
ニアにそう言われると、嬉しいような寂しいような気になってくる。ハイウィンドには戻れないなと自覚せざるを得ないから。でも、ハイウィンドでニアとの思い出が無い期間、私はサンドロッカーとしていろんな事を経験しているのだ。悲しいことも、楽しいことも、いろいろ。懐かしんでいたら、左腕の「守り手」が光った気がした。
天井に、サンドロックでは見られないきれいな青空が広がる部屋では、この遺跡は元々潜水艦だったことを理解できた。今この技術がサンドロックにあったらいいかもと、ニアがチーホンに教えると言っていた。
その先には、寮みたいな部屋もあって、置いてあった本には、この研究棟でギーグラーやヤクメル、その他「ハイブリッド」とよばれるものが作られたかもしれないことを知ったり。かもしれないというか、そうなのだろう。試験管の中に謎の液体と、星の形をした訳のわからない生き物がいて、自分でそれを割って出てきたのだ。
「「「あああああ」」」
ちょっとアレだったから皆叫んじゃって、すぐに倒したけれど・・・うーん。
「こんな実験してたなんて・・・」
「今はそれを考えるより、先に進もう」
ローガンに促され、ニアはまだ何か言いたそうだったけれど次の部屋に進んでくれた。
こんなの、あんまり気分のいいものじゃない。壊してしまいたくなるけれど、ローガンの言う通り、今じゃない。
次の部屋は、ガラス張りの部屋だった。設定を変えると、晴れ、曇り、雨と一通り天候を選べる天井らしい。サンドロックでは晴れと砂嵐くらいしか経験がないから、これも技術としてはいいかもしれないなんて天候を変えながら楽しんでいたら、ニアが私の腕を引っ張った。
「あっちにパスワードが必要な扉があるんだけど、ローガンが壊して進もうって言うんだよ。壊れて開かなくなったら困るって言ってるのに聞かないんだよね。あんたから言ってくれない?」
あまりにもゆっくり進んでいるからイライラし始めたのだろうか・・・?敵もさっきの実験場みたいなところにしかいなかった。結構短気なんだな、ローガンって。その割りに私がパラダイスロストに行った時なんかは出てくるまでずっと待っていたけれど・・・まあいいか。
ニアに言われて、パスワードの部屋に行くと、ローガンは銃に玉を込めている最中だった。
「ローガン」
「ああ、ビルダー。今通れるようにするから」
「待って、ここはかなり精密に作られている所だから、正規の手段で行かないと、今ここを進めても、どこかで進むことも戻ることも出来なくなるかもしれない。ローガンの銃の腕前は知っているけど、ここはパスワードを見つけて進む方がいい。さっきの戦闘で二人とも疲れてるだろうから、ここで待ってて。私が見つけてくるから」
「・・・ここは、何だか奇妙だな・・・はやく出たい」
「百戦錬磨のローガンでも、苦手なことがあるんだね。確かにここは気持ちのいいところじゃないね・・・この先、ラリーとその奥さんを捕まえてる奴が出てくるだろうから、休んで気を静めてもらわないと困る。ニアと待っててくれないか?」
「そこまで言われたら、従うしかないな」
ニアにも同じことを告げて、私はあちこちにある部屋へ何かメモがないか探しに行った。
*****
(視点変更:ニア)
嫌なものを見た。旧世界の実験の現場を見るなんて。ビルダーも私も、ローガンでさえげんなりしていた。全て壊してしまいたくなったけれど、ローガンにやんわり止められたから我慢しておいた。あまり感情の動きが見えないビルダーも、結構怒っているようには見えた。
ガラス張りの部屋は綺麗でいいけれど、私は自然の、サンドロックの景色が好きだ。天井の空模様を変えられる機能らしいが、ビルダーが楽しんでしまっている・・・道中、実験室以外には敵もおらず、用心棒として来たローガンが少し苛立っているのはわかっていた。
次のドアにパスワードが必要だと知ると、それを壊して進むと言うから止めたのだけど、私の言うことなんか聞きやしない。こういうことに詳しいビルダーの意見を聞こうと言ったらやっと止まった。
もしかして、ローガンって・・・と思い浮かんだけれど、今は、考えないでおこう。
呼んできたビルダーがやんわりと彼を止めて、そのままあちこちの部屋へパスワードの手がかりを探しに行った。
「・・・悪かった」
「ん?」
「あんた達が遠足気分であちこち行ってるのを見てたらな・・・」
「ああ、それは申し訳ない、私もそう思ってた。ビルダー、気が抜けてるっていうか・・・まあ、多分私がいるからなんだろうけど」
ちょっと空気がピリついた気がする。やっぱりこの人は・・・
「昔から、ずっと一緒だったから。ビルダーにはどうしても遊びの延長になっちゃうんじゃないかな。それに、サンドロックでいろいろ助けてもらったあんたもいるからでしょ。ビルダー、私と話してる時、ペンって人の話より、あんたの事を話す事のが増えたからね。あの子が立ち直るのに助けてあげたんだね」
私の言葉に、壁に寄りかかって全くこちらを見なかったローガンが初めて此方を見た。
「だけどさ、ローガン。あんな辛い思いをしたビルダーに、また誰かを好きになれって言うの?」
「・・・・・・それは、おまえさんも同じだろう」
痛いところ突かれた。親友としてずっと過ごしてきたけれど、こっちに来てからは少しは進展するかなと淡い期待を持っていたところに、あの過去形の「居たよ」の答えに、私は先に進めるのが怖くなった。そして、ビルダーから日増しに増えるローガンの名前。もう、きっと私の入る余地はない。
ビルダーに自覚はなくても、きっといつか、私はビルダーの結婚式に招待されて、祝福する方になるんだろう。
*****
「パスワード、あった。入力するね」
何だか二人の雰囲気がよくない気がするけれど・・・気にしないようにしておこう。解除したその先に、ラリーとその奥さんが捕まっていた。側には緑色で体格のいいギーグラー・・・ラリーのいとこのゲイリーが、二人にクビを言い渡した・・・
あれ、ゲイリーって、こんなに体格よくなかった気がするけどななんてのほほんと考えていたら、ゲイリーが戦闘態勢になった。
「来るぞ!」
ゲイリーのターゲットは私だ。そのまま引き寄せてローガンとニアから離す。ニアは戦い慣れしていないから当たり前だけど、ローガンは遠距離も得意だ。私に引き付けておけば何とかなるだろう。短剣を取り出し、連続攻撃を叩き込むが、やはり体格がいいだけあって、ダメージがあまり入らない・・・お得意の爆弾も、すぐ近くにある培養装置のせいで使えないし。
「がああ!」
ゲイリーが手で目を覆った。ニアとローガンが目を狙っていたらしい。そのまま崩れおちて動かなくなった。
呆気ないな・・・ラリーの方がまだ大変だったぞ?とりあえず、もう起きられないように、さっき拾ったワイヤーで足を縛っておこう。
「ラリー!」
「ゼナ!」
二人の声に振り向いたら、熱い抱擁を交わしているところだった。死んだと思っていた相手が生きてすぐ側にいるのだから、そうなるだろう。
「あー、なあ、ニア?オレ達って何しに来たんだっけか」
「え、ああ、そうだった。ビルダー、あそこの機械が多分、藻類培養装置だと思うんだ。見てくれる?」
「あ、うん」
機械の全体図をメモしながら、さっきのギーグラーの夫婦のハグを見て、羨ましいとおもってしまった。もうそこまでじゃないと思っていたけれど、やはりまだ辛いのか。悲しくなった時、ニアに相談したとき「あんた、初めての恋だったんでしょ?それがあんな形で終わるなんて、辛くないわけないでしょ。ゆっくり自分のペースで立ち直っていけばいいんだよ」と言ってもらった。幸い、私には力になってくれる人もいるのだ。ゆっくり進んでいこう。
機械の部品を回収して、ラリーに声をかけたら、まだ残っているゲイリーの部下達に事情を説明するからここに残ると答えて、遺跡の奥に行ってしまった。なんだかんだ、リーダーの素質のある人・・・ギーグラーなんだよな、彼は。
「じゃあ、帰りますかね・・・」
ヤギ達を待たせているところに戻って、ニアと私でメルルに、ローガンはランボに乗って町まで戻った。
続く